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想定外のお母ちゃん

中学校1年生の時に同じクラスだったT君は、クラスで一番小さな生徒だった。くるくるの天然パーマで可愛らしく、クラス中の生徒からナデナデされていたが、その行為は本人のプライドをいたく傷付けていたようで、時折物凄く嫌がって暴れていた。
しかしどれだけ暴れても、女子でも大きい子だとT君に勝ち目はなかった。なので身体で負ける時は、一生懸命毒舌を吐いていた。
にもかかわらず、みんなして可愛がっていた。

彼の試験の成績は、驚異的に悪かった。5教科の合計で30点に満たない。
何故私がそれを知っているか、というと、彼が試験の返却時に大きな声で自分の点数を言うからである。だからクラス中が知る事になる。
だが彼は蛙の面に水と言った感じで、平気なように見えた。しょんぼりしているのを全く見た事がなかった。

身体は小さいが、声は大きい。その大きい声で授業中にペラペラしゃべる。先生に怒られると、何かふざけた事を言って、笑いを取ろうとする。そして更に怒られる。
要するに落ち着きがなく、お調子者であったが、不思議とクラス内で彼の悪口を言う者はいなかった。

彼の夏休みの自由研究は『ポチの体温』。これが傑作だった。
みんなが覗き込むと、彼は誇らしげにスケッチブックを千切った、一枚の紙を見せた。
そこには幼稚園児が描くような、バンザイをした犬?とおぼしき絵が鉛筆で描かれ、脇、首、尻尾などあちこちから線がのびている。線は勿論、全てフリーハンドで書かれており、グニャグニャである。
その頼りない線の先に体温が書かれているのだが、脇は"100度"、尻尾は"0度"、首は"100度"!となっている。
みんな腹を抱えて笑ったが、彼は大真面目である。
彼の言う所に依ると、彼の家の飼い犬であるポチは、体温をはかられるのを嫌がって噛み付こうとした為、ゆっくり計る事が出来ず、やむを得ずさっと脇に入れてさっと抜く、というようにして計った、だから正確に計れなかったのだ、との事だった。
しかも、使ったのは体温計ではなく"気温計"。
これには理科の先生も、大爆笑であった。

担任のW先生も彼をとてもかわいがった。
ホームルームの時、教室を歩き回っていた先生は、T君の学ランの袖口が綻びており、それが白い糸でザクザクと荒っぽく繕われているのを見つけた。
「T、ちゃんとお母ちゃんに黒い糸で縫い直してもらえ」
先生が親切心でこう注意すると、T君は消え入りそうに小さな声で俯いてこういった。
「だってこれ、お母ちゃんがしてくれてん」
みんなびっくりし、大爆笑になった。
先生も、
「何!?」
と言ってマジマジとその荒っぽい、白々とした縫い目を見ていたが、
「先生が『黒い糸にしなさい』って言うた、って言って縫い直してもらえ」
と静かに言った。
T君は神妙な顔をして、頷いていた。
どんなお母さんなのだろう?ちょっとイタズラな想像をしてしまったのは、私だけではなかった筈である。

一度T君のお父さんを見た事がある。
勝手にかなり破天荒なイメージを抱いていたのだが、意に反して彫りの深い、ちょっと中東系の顔立ちの、落ち着いた爽やかな感じの人でびっくりした。
T君はお母さん似なのかな、と思った。

素直で屈託がなくて、いつも明るく脳天気で、みんながとても可愛がっていたT君。
今頃は彼も、落ち着いた雰囲気の良いお父さんになっているのかも知れない。