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余計なお世話

我が家は一階にダイニングと和室一部屋、二階に洋室が三つある。二階の一番広い部屋は夫の仕事用(という名のゴミ置き場)で、もう一つが夫の物置(という名のゴミ置き場)、残るもう一つの一番小さな部屋が、私の寝室兼居室である。夫の部屋は眠るという状態ではないので、夫は専ら一階の和室に布団を敷いて寝ている。
エアコンは三台ある。ダイニングと夫の仕事部屋、私の寝室に各一台ずつである。和室を涼しくする時は境目のふすまを開け放し、ダイニングと一緒に冷やす。ダイニングのエアコンは家中で一番広い面積を冷やさねばならないので、少し他よりサイズが大きく、電気も食うがパワーもある。

出勤する朝、夫が起きるのは六時二十分頃である。私は六時頃に一階に降りて行き、朝食の用意を始めることにしている。
調理をすれば換気扇も回すし、皿や鍋の触れ合う音がどうしても発生する。ふすまで隔ててはいるが、音はどうしても和室で寝ている夫に届いてしまう。なるべく静かにしているのだが、こういう抜き足差し足みたいな気分の時に限って、手が滑って皿ががちゃんと大きな音をたてたり、フライパンが何かに当たってコワーンと鳴ったりする。
幸いにも、夫から苦情が出たことは今のところまだない。諦めているのかも知れない。心の中でごめんね、といつも謝りつつ準備している
夫が出勤する日はまだ良いのだが、問題は土曜日だ。私は出勤だが、夫は休みである。私は早朝からゴソゴソし始めるが、夫はゆっくり寝ている。
益々音は立てづらい。

今朝も夫がふすまの向こうで寝ているのを邪魔しないように、そうっと朝食の準備を始めた。
暑いので、ダイニングに入るなりエアコンのスイッチを入れる。元々二部屋を冷やす用の物だから、ダイニングだけだとあっという間に涼しくなる。一人で朝食を済ませて皿をシンクにさげる時、ふすまの向こうは何度だろう、とふと考えた。
日の入らない部屋だから酷くはないが、それにしても暑かろう。しかしふすまを開け放せば音は丸聞こえだし、眩しいから目が覚めてしまうに違いない。
逆にダイニングは冷えすぎるくらい冷えている。
ちょっと考えて、私は夫の足の方のふすまを一センチほどすーっと開けた。少しは夫が涼しくなるかも知れない、と思ったのである。これなら後片付けの音も丸聞こえではないし、光も足元に少し入るくらいなら、平気で眠れるだろう。
うーん、我ながら出来た妻だ、と一人悦に入る。

出勤直前に夫が起きてきた。靴下を履いている。
「なんか、足寒かった」
と言いながら、目をこすっている。
「あれ、ふすまちょっと開けてんけど。暑いと思って」
「それでか・・・」
「ごめーん」
「いや、ええよ」
夫は眠そうな目をこすりこすり、トイレに向かった。
余計なお世話だったかしらん。身体の真ん中へんのふすまを開ければ良かったのかな、などと思案していると、夫が戻ってきた。まだ目が寝ている。少ない髪が無茶苦茶である。そのままの状態で冷蔵庫からお茶を出すと、コップに入れてグイグイ飲んだ。
「どうも、軽く熱中症やったみたい。頭痛い」
前の日の夕方、私が止めるのも聞かずに夫はランニングに行った。心配していたのだが、汗まみれで帰ってきたものの「これくらい、なんともない」と言ってシャワーを浴び、夕飯もしっかり食べ、ビールも飲んだ。どうやら問題なさそうだ、と少しホッとしていたのである。
が、やっぱり平気ではなかったようだ。あれは強がりだったのか。冷やして欲しいのか、寒すぎるのか、よくわからない人である。
「あー、涼し」
椅子に座ってエアコンの風に当たりながらぼけーっとしている夫を、呆れた気分で眺めながら私は家を出た。

私の一センチの思いやりは、余計なお世話だったようだ。が、結果的に夫は冷やしてあげた方が良かったのだろう。呆れたへそ曲がりだ。
本当にこの人、どうしてくれようか。
命に係わる天邪鬼だけは止めて欲しい、とは思っているのだが。