さり気ない“当然”

先日近所のスーパーで、いつものように買い物をしていた。夕飯は夫の大好物である鳥の唐揚げにしようと、鶏もも肉のパックを一つカゴに入れてレジに向かおうとすると、
「お客様!」
と精肉コーナーの担当らしき女性が追いかけてきた。なんだろうと思って立ち止まると、
「これ日付が近いので、2割引させて頂く分なんです。シール貼らせて頂きます」
と言って、かごの中の商品に値引きシールを貼って下さった。
知らん顔する事も出来たのに、親切な店員さんだなあと嬉しくなり、良い気分で帰途についた。

以前バイトしていた店に来店されたお客様が、
「これ娘から貰った物なんだけど、使ってすぐファスナーの持ち手が取れて。娘に聞いたらここで買った、って言うので交換してもらえませんか?」
と言って壊れた財布をもってきた。勿論、レシートの持ち主は娘さんなので本来なら返品や交換は出来ない。担当のバイヤーも渋い顔をしていた。
が、販売主任のAさんの対応は私の予想を大きく裏切った。
先ず丁寧にお客様にお詫びをした後、娘さんが店で購入した可能性のある日を挙げてもらい、その日付のラッピング記録を調べだした。
ラッピング記録には、いつ、どの商品を、どのようなラッピングにしたのかが書かれ、商品から外した値札も一緒に保管されている。商品の品番がわかるのだが、とんでもなく手間がかかる。
私も手伝って膨大な記録の中から探すうち、これではというものが見つかった。お客様は同一商品での交換を望まれていたが、2ヶ月以上前の商品だった為、同じ商品はもう売り場になかった。するとAさんは、
「生憎現在同じ商品のお取り扱いがございません。大変申し訳ございません。今売り場にある同じお値段の物と交換させて頂きますので、娘さんのお選びになった物とは違いますが、選んで頂けないでしょうか?財布売り場までご案内いたします」
とお客様に提案した。
来られた時渋い顔をしておられたお客様は、新しい財布を選んで、笑顔で帰っていかれた。
「レシート頂くのが普通だし、当たり前なんだけど、娘さんの折角のお気持ちだもんねえ」とAさんは後で言っていた。

学生時代にバイトしていた婦人服店で、お客様が店頭の商品をもって来て、
「これ○日に買いに来るから、売れてしまわないようにとっておいて」
と言った。
こういうのを「お見分け」と言って、お客様が言った日付まで店の奥で取っておき、来られた時に出してきてお支払い頂く。
普通はお客様の持って来られた商品をそのまま裏の決められた場所に置くのだが、ブラウス売り場の社員のKさんは、同じ商品の在庫分を倉庫から持ってきた。理由を聞くと、
「こっちの方がお店に出てなくて綺麗で、お客様も気分が良いかも、と思って」
という事だった。

どのケースも、違う対応をする事も出来る。マニュアルで決められている対応とも違う。
しかしこれらの方々は、『お客様の立場だったらどう感じるか』という事をごく自然に考える事が出来ている。
3番目のKさんのケースなんかは、もしかしたらお客様は気づかないのかも知れない気遣いである。それでも尚、お客様目線に立って、より良いと思われる選択をした事になる。

こういう店員さんに巡り合うと、ファンになってしまう。
経験や職場の教育の成果から出来た事でもあるだろうが、全員が出来る訳ではない。きっと普段から自分が自分を大切に出来ているから、自然にこういう他人を思いやる行動が取れるのだと思う。そこに押しつけがましい自己犠牲の精神は感じない。そうする事がごく当たり前だ、という感じを受ける。だから受け取った側は暖かい気持ちになる。
これは接客だけでなく、全てに通ずる事だろう。

唐揚げを食べながら、夫に店員さんが走って来てくれた事を話したら、
「お前、店の中でサッサと歩き過ぎちゃうけ?」
と笑われた。確かにそうかも。
唐揚げはいつも通り、夫に大好評だった。