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置き手紙

先日、夫が10日間の冒険級?の旅から無事に帰宅した。
途中腰をいためて見知らぬ人に助けてもらったり、テントが台風並の強風に見舞われたりと、色々大変な思いもしたようだが、臨海学校から帰ってきた子供のように日焼けして、
「楽しかったわあ!」
と言って弾けるような笑顔を見せてくれた。

帰宅予定時間は、丁度私が楽団の練習に行く時間と重なっていた。それで置き手紙を書いていくことにした。
食事のこと、風呂のこと、着替えのこと等の伝言を書いた後、こう書き添えた。
『無事に帰って来てくれてありがとう』

何気なくスラスラっとペンが走ってしまったが、正直言うとちょっと気恥ずかしかった。書いてしまった後からやっぱり消そうかな、とも思った。
ペンを置いて、どうしてこんな事を書いてしまったのかな、とちょっと考えた。

結婚後こんなに長く一人で居たことはなかった。長期出張で2週間ほど家を空けた事はあったが、その時は子供がいたので一人ではなかった。
東日本大震災の起こった日は帰宅した夫を見て、
『こうやって普通に朝出ていった人が帰ってきてくれるのは、当たり前の事ではないんだ』
という思いを強くしたし、大水害にあって避難先の実家から戻った時は、台所に放置された包丁とまな板と切りかけの玉ねぎを見て、
『家族全員が揃っておくれる普通の日常生活って、なんて有り難いんだろう』
と腹の底から思った。

私が置き手紙を書いた時は、まだ夫は帰りのフェリーの上だったと思う。
『どうぞフェリーを降りてからの道中、無事でありますように』
願掛けのような、そんな思いもあった。書いたからどうなるというものでもないが、『夫は無事に帰宅してこれを読む』という事にしておきたかったのだと、今になって思う。

練習中に帰宅した夫から、
『今帰宅しました。色々ありがとう』
という、珍しく殊勝なLINEが入った。
計算して書いた訳ではないが、あの一文が効いたのかな、と思った。

練習を終えて帰宅すると、大量の洗濯物に埋もれるようにして、夫が電気をつけたまま眠っていた。私の帰宅した物音で目覚めて、冒頭のセリフとなった訳である。
洗濯機に入れようとカバンから出している最中に、睡魔に負けてしまったらしい。本当に子供のようだとおかしくなった。
それにしても、これ全部洗濯物かい!昨日までとえらい違いだ。

最近はストレスのせいなのか、原因不明の蕁麻疹を出す事が続いていた夫だが、それもすっかり消えたらしい。日焼けした鼻の頭を赤く光らせながら、旅のお土産話を嬉しそうにしてくれる夫を半ば呆れつつホッとして見ていた。

職場へのお土産は忘れ、私へのお土産は大量の洗濯物の他は昆布1枚。夫らしい。荷物を増やせないからしょうがない、という。まあ買うのを忘れなかっただけ奇跡だろう。
本当は六花亭のバターサンドが良かったけど、近所のスーパーの北海道フェアの時に買うからもういい。はなから期待していないので、失望もしない。別に要らないし。
無事で帰ってくれるのが最高のお土産である。それで十分。