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貰うのは誰

こちらに来てからというもの、リビングに飾る花を選ぶのが楽しみの一つになっている。
といっても専ら買い求めるのは花屋の店頭に出してある小さな切り花の束で、ガラスケースの中にあるような立派な花を選んで買うようなことはしたことがない。組み合わせるセンスも持ち合わせていないので、これで十分だと思っている。
こんな花でも、家の中にあると和む。あるとないとでは大違いだ。
ただ、外気温が高くなってくると切り花の寿命はどうしても短くなる。長持ちさせる液も売っているが、そこまでしなくても良いかな、と思うので買ったことはない。
短いサイクルで花を取り替えるのもまあ良いか、と思い、萎れる度に取り替えている。

今日も花を新しく買おう、と思って行きつけのスーパーにある花屋に立ち寄った。この時期はヒマワリ等の元気な花が沢山売られている。そんなに迷わずに気に入った花束を見つけてレジに持っていくと、先客がいた。
二十歳くらいの男性である。大抵は女性客ばかりなので、珍しいなと思った。ガラスケースの中の花を指差して、店主と何か喋っている。聞くつもりはなかったのだが、男性があんまりキビキビとはっきり話すので、勝手に会話が耳に入ってきてしまった。

「バラが良いんです。赤以外にどんな色がありますか?」
男性が言う。どうしてバラにこだわるのかな、と下衆の勘繰りをしそうになる。
店主がガラスケースを手で示しながら、
「赤以外ですと、白、黄色、ピンクですね。バラは花束にする時は普通、他の色と混ぜません。白なら白だけ、という感じになりますね」
と答えると男性は
「じゃあ、赤で」
と言った。赤いバラの花束とはなんてドラマチックな。一体どんな人にあげるのだろう?何のために?
「花束の大きさはどのくらいにされますか?」
また店主が尋ねると、
「抱えられるくらいで」
と男性は答えた。凄いでっかい花束だなあ、と思って聞いていると、店主が
「バラと似た感じですと、今だと芍薬もおすすめです。開いてくると綺麗ですよ」
と言って芍薬を見せた。
男性はちょっと思案する風を見せたが、しばらくして顔を上げると、
「やっぱりバラが良いです。バラで作って下さい」
と決心したように言った。
「他は何もいれませんか?カスミソウとか?」
店主は気を利かせて提案していたが、男性は
「いえ、赤いバラだけで結構です」
とまたきっぱり答えた。レジカウンターに手をついて、身を乗り出してバラを凝視している。
何か凄い意気込みを感じてしまった。
「では赤いバラだけでお作りしますね」
店主はガラスケースを開けて、赤いバラの入った筒を取り出した。

残念ながら、ここで私の精算は済んでしまったので、仕上がった赤いバラの花束も見ていないし、受け取ったであろう男性の表情も見ていない。
後ろ髪を引かれる思いで花屋を後にした。

帰って早速夫に事の次第を報告する。
「クラブのママにプレゼント、って時間じゃないしなあ」
と夫は笑った。
「絶対違うと思う。大学生くらいやで。奥さんにって歳でもなさそう」
「じゃあ彼女の誕生日プレゼントかなあ?」
「ちょっと気合い入りすぎ。私やったらドン引きやわ」
二人してああでもない、こうでもないと無意味な詮索をしながら、お茶を飲んだ。

夫は花をくれたことは一度だけある。私の誕生日だったのだが、生憎要らぬ気を回した姑が大層立派な花束を送ってくれていたため、夫の持って帰った小さな花束はかなり見劣りしてしまった。夫に気の毒なような気がしたものだった。
夫はこの時を最後に、花束を持って帰ったことはない。拗ねてしまったのかも知れない。
だから私は息子の嫁には要らんことはせんとこう、と心に誓っている。

赤いバラの彼は、どんなお相手に贈ったのだろう。夫の言うように彼女だろうか。
プロポーズだったら凄いなあ。そう言えば大安吉日だった。首尾よくいってると良いねえ。
一人想像を逞しくしている休日の午後である。