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頑固なスズメに手こずるアライグマ

雨ばかりが続いた束の間の晴れた日に、洗濯をしたくない主婦は多分いない。私だって勿論洗濯したくてうずうずする人である。
でもそんな私に、必ず水を差す人がいる。
夫である。

夫の清潔観念は私より随分レベルが低い。こういう事に煩い夫を持った友人達からは、羨ましがられることもある。『イチイチ掃除の度に小言を言われなくて良いねえ』ということらしいが、何事も程度問題というのがある。
確かに、忙しい時などに掃除が出来ていないことを謝ると、
「そっか?別にキレイやんけ」
と無頓着な返事が返ってくるのは楽でいい。その反面、
『いつももっと綺麗にしているけれど、夫にとってはこの掃除出来なかった状態と大して変わらないのだ』と思うと、ちょっと虚しくもなる。
思いやりでの発言、ではなくて本当に違いが分かっていない様子だ。腹立たしくない、と言えば、ほんのちょっと自分に嘘をついていることになる。

洗濯に関しては夫はもっと寛容?である。同じ服を何日も着ようとする、云わば『着たきりスズメ』である。
会社でも『在間さん、またあの服』と言われているのではないだろうか、と心配になる。(尤も、誰も見ていないという話もあるが)
年齢が年齢だから、汗の臭いが服に染みついていないか、妻としてはとても気になる。幸い、夫は悪臭はしない方?だと思う(私の鼻が慣れてしまっているのなら怖い)が、それでも多分、終業時などはあまり嬉しくない臭いが漂っているに違いない。
冬でも人間、汗はかく。特に夫は人一倍汗かきである。
下着はなんとか毎日替えるよう、長年かかって躾けた?が、カッターシャツまではまだ教育が不十分である。
油断していると、何日でも続けて着ようとする。

カッターシャツの襟元や手首の部分には皮脂汚れが付きやすい。洗剤を付けた歯ブラシでその部分を集中的にゴシゴシとこすり、それから普通に洗濯機に投入すると、綺麗に汚れが落ちる。
洗いあげた後のシャツを綺麗にアイロンして、ハンガーにかけるとホッとする。
だが、そんな過程を夫は知る由もない。
洗濯に出すのを待っていると、いつまでも自発的に出さないから、こっちが隙を見て奪って勝手に洗っておくことも多々ある。
パリっとしたシャツを見た時、夫の口から出るのは私への感謝の言葉ではない。
「あ、また洗ったんか!」
という文句のみである。
「あんまり洗ったら生地が薄くなってしまうやないか!そんなにしょっちゅう洗わんでエエんや!お前はアライグマか!洗うの、楽しいんか!」
と酷い言葉を次々と浴びせる。
不遜な態度に呆れつつ、ちょっとムッとする。好きでやってんのと違うわい。

「あんねえ、臭い匂いをまき散らしてオサレなオフィスに居るって、どうなん?自分の匂いって気付かんもんよ。洗濯はマメにしないと、皮脂と汗が合体したら匂うんやから!」
「『臭い』なんて言われたことないぞ!」
「あんた、自分の上司に向かって『臭いですよ』って言える?あんたの若い部下、みんなきっと遠慮してるんやわ!自ら身だしなみに気を付けんと!それに同じ服ばっかり着んといてよ!それこそ服が傷む!他にもあるでしょ!」
『部下に遠慮させている』と説得する?と、夫は弱い。
「そうかな、オレ、臭いかな」
「アンタが臭いんじゃなくて、同じものを続けて着ると誰でも臭くなるの!」
自尊心を傷つけないよう、配慮も一応する。
こんな不毛なやりとりを何十年、私達は繰り返してきただろう?年齢を重ねて、『同僚』が『若い部下』に変わっただけである。
時間の無駄、としか言いようがない。

こういうやりとりがあると暫くの間は薬が効くと見えて、夫は二日に一回くらいの割合でシャツを替えるようになる。こちらも汚れが酷く付着せず、洗い易くて助かる。
だが、数日経つと元の木阿弥だ。ちょっと油断するとまた何日も同じシャツを着て行こうとする。そこでまた前述のやり取りが繰り返される。
周囲に迷惑をかけない為に、そしてそんな臭い男性が私の夫だと認めない為に、私は日々、アライグマよろしく夫のシャツを洗うのである。