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小指の思い出

先日、利き手の小指を玄関のドアの蝶番部分に挟んでしまった。
花の水やりに出よう、とジョウロを持ったままドアを開けたらドアが閉まりかけ、慌てて押さえたら間に合わずに小指が惨いことになってしまったのである。あまりの痛さに、一人悲鳴を上げた。
ウチの玄関ドアはちょっと変わった造りである。一般的なものよりも大きくて重い。同じようなことをやった先住者がいたのか、蝶番部分には注意喚起のための黄色いテープがべったりと貼られている。小さな子供の細い指だったら千切れてしまうかもしれないから、確かに必要だろう。
私の指にはくっきりとドアの跡がつき、暫く元に戻らなかった。
酷く腫れたけれど、幸い折れたり神経がどうこうとはなっていなかったようで、少々違和感はあるが今のところ普通に使えており、胸を撫でおろしている。
どうもせっかちで面倒くさがりときているから、こういったことをすぐにやらかす。五十歳半ばになっても治らない。

鈍臭いエピソードと言えば、子供の頃、母と一緒に自転車で買い物に出かけて、土手から落ちたことがある。
その日は良い天気で、少し離れたところにあるスーパーまで、母と妹と三人で自転車に乗って出かけた。季節は覚えていないが多分、何か長期の休み中だったのだろう。
いい天気だなあ、とウキウキした気持ちでボンヤリ空を仰ぎながら自転車を漕いでいると、前方を走っていた母が私の方を振り返って大変慌てた顔になり、自転車を止めて
「ミツル!ミツル!!」
とこちらに手を伸ばしそうにした。

お母さん何焦ってんのやろ、と不思議に思ったその瞬間視界が斜めになり、一気にバランスを崩した。私は自転車ごと土手から川岸まで転げ落ちたのである。
買い物帰りだった為、私の籠にはその日買ったみかんが積まれていた。みかんは私と一緒に土手を転がり、途中で引っかかって止まった私よりもはるか下の方まで行ってしまった。
泥と草にまみれた顔を上げると、後ろを走っていた妹がおかしそうに笑っている。
「お母さんが何回呼んでも聞こえてへんのやもん。私でも聞こえてんのに。お姉ちゃん、何考えてんねん。アホちゃうか」
そう言いながら、妹は土手を器用に駆け下りてきて、散らばったみかんを拾い集めてくれた。
「あんた、何ボーっとしてたん?!私大声で叫んでたのに、聞こえてへんかったん?」
母にこっぴどく責められたが、私に聞こえたのは落ちる直前の『ミツル』一、二回分くらいであった。
この件から暫くの間、妹には『ミツル!ミツル!』とあの時の母の真似をしてからかわれたものだった。

足の小指を脱臼したこともある。
この時は玄関で妹とふざけて、何かへんてこりんな踊りをやっていた。玄関に敷いたマットに足が妙な具合でかかり、つるんと滑ってしまった。
玄関の三和土と上り口のところにはニ十センチくらいの落差があった。私は滑った勢いでそこにストンと落ちたのだが、落ち方がいけなかった。
どうやったらそういう具合になるのか、足の指を下に折り曲げて私の全体重が小指にかかるような感じになってしまったのである。小指には当然、激痛が走った。
小指一本くらいどうってことはない、そのうち痛みも引くさ、とたかを括っていたのだが、指はドンドン腫れあがり、とうとう膝のあたりまで腫れてきて、私は足を引きずるようにして歩かねばならなくなってしまった。

『また鈍臭いことして』と言われるのが嫌で我慢していたのだが、限界だった。漸く観念して母に窮状を訴え、近所の整骨院に連れて行ってもらった。
「短い指やさかい、引っ張るの難儀やわあ」
と先生に笑われながら、ぐっと引っ張って治してもらうと、やがて腫れは嘘のようにおさまった。
「早いうちに言いなさい。あんたは鈍臭いんやからね!」
夕飯の支度の真っ最中の時間帯だったので、帰る道中、母が超絶不機嫌だった覚えがある。

こんな具合で、子供時代から私の鈍臭エピソードには事欠かない。
でもなんとか今日に至るまで、元気で過ごせている。
有難いことである。
何事もスマートにこなす人は見ていて羨ましいが、これが私だからしょうがない。潔く諦めて、付き合って行こう。
命の危険がないようにはしたいものだけれど。