自殺防止駅 -Suicide prevention station-

光乃 一生 …………


サラリーマン …………

眞島 キティ …………

石和田 キヨ子 …………


吉岡 …………

藤田 …………




( 暗転 )

( 電車アナウンス音 )

藤田『間もなく2番線、2番線に列車が参ります。
黄色い線の内側まで下がってお待ちください。』

( 電車が来る音→人が轢かれる音 )

吉岡「また!?」

( 明転 )

藤田「あぁーあ……今月何件目だよ。」

吉岡「確か、3件目。
ほんと、なんで三ツ葉ってこんな可愛い名前の駅で
自殺が多いんだか……」

藤田「まぁでも、今日は新人もくるし。
もっと明るく行きましょ!」

吉岡「何を思ってここで働こうと思ったんだ……」

藤田「だから!そういうこと、光乃君の前で
絶対言っちゃダメだからね」

( 光乃、幕間から登場 )

光乃「あの」

吉岡・藤田「わぁっ!?」

吉岡「何だ驚かすんじゃないよ!」

藤田「びっくりした……君が、光乃 一生君かな。」

光乃「そうです、今日からよろしくお願いします」

藤田「こちらこそ。
あ……と、その、ごめんね、初日からこんなんで」

光乃「いえ、藤田さんが謝ることではないですよ」

藤田「いや……ってえ、ごめん、俺まだ自己紹介してなかったよね?スゴい、いやぁ、名乗る前に……」

吉岡「何押されてるんだよ!(小声)
光乃、ここではお前も知っての通り飛び降り自殺がやたらと多い駅だ。
ここで働くということは、どういうことか分かるな。」

光乃「もちろんです。最善を尽くしますから。」

吉岡「最善?どういうことだ」

光乃「僕に任せてください。」

藤田「とにかく、君も今日から立派な駅員の1人だ。
分からないことや困ったことがあったら俺たちを頼ってくれ。
じゃあ、えっと……俺たちは色々仕事あるから。
光乃君も後でおいで」

光乃「分かりました」

( 藤田・吉岡 退場しながら )

吉岡「やっぱアイツヤバいって!」

藤田「聞こえるでしょ!」

( 光乃 黙って俯く→ポケットから懐中時計を取り出し、仕舞う )

( 暗転 )

( 明転 )

( サラリーマン、フラフラと登場 )

( 電車アナウンス音 )

藤田「間もなく2番線、2番線に列車が参ります。
黄色い線の内側まで下がってお待ちください」

( 時計の針の音、徐々に大きくなる )

( 光乃、大股歩きで登場。懐中時計を止める、音ストップ )

サラリーマン「な、何だァ!?」

光乃「時が止まった……と、言うことは
貴方は自殺願望者だって事ですかね?」

サラリーマン「なんだね君は!どういう事だ。
早く元に戻してくれ」

光乃「お断りします。
何せ貴方のお気持ちが変わるまでは、時は動きませんから」

サラリーマン「嫌だ。早く死にたい。
こんな世の中に生きてても、意味が無い
その時計何?時が止められるの?
そんな便利なものがあるのなら俺にくれ。」

光乃「何を仰ってるんですか、絶対に渡しませんし
時が止まるのは自殺願望者が居る時だけです」

サラリーマン「んな事いって。
時を止められるっていうなら……ねぇ?」

光乃「オッサン最低なこと考えてんな!良いですか。
この時計は、そんなくだらないことには使わない
というか使えない!
貴方は、どうして自殺を図ろうと?」

サラリーマン「……妻に……逃げられたんだよ。
私は裕福で、幸せな生活を送っていた。
でも彼女の目当ては愛ではなく、私の財産だった。
私に金がないとわかった途端、彼女は姿を消した。」

光乃「だから何だって言うんですか。そんなことで
他人に迷惑をかけて死ぬなんて。
そんな事しても、その女性を見返せませんよ」

サラリーマン「そんなこと!?
お前は何も知らないくせに!」

光乃「何も知らない?今貴方が全て教えてくださったじゃないですか。
お金が無くなっただけでしょ。まだ希望はあります。
愛を探すのに遅すぎることなんてないんです。」

サラリーマン「お前みたいな若造に分かって堪るか!
そんなことは分かってるんだよ。
信じてた、愛してた人に裏切られる気持ちが分かるか」

光乃「……分かるという簡単な言葉はあまり口にしたくは無いのですが」

サラリーマン「それに金だってないんだ
これからどうやって生活して行けばいいんだよ
お前が養ってくれでもするのか?」

光乃「それは出来ませんが」

サラリーマン「ほら見ろ。
分からないし出来ないんだろ。」

光乃「いえ」

サラリーマン「あのな、分かる分からないはこの際どうでもいい。
もう良いか、今会ったばかりの君にそんなこと言われる筋合いはないんだよ」

光乃「……本当に、そうでしょうか」

サラリーマン「なに?」

光乃「確かに貴方は愛した女性に裏切られ、お金も無くなって、今はどん底かもしれません。
でもそれで本当に命を終えてしまって良いんですか?
悔しくないんですか。」

サラリーマン「……」

光乃「自ら命を絶つなんて……そんな勿体ないことはありません。
もう少し、希望を探してみませんか。
そしてまたいつか、笑える日が必ず来る
そんな日が来たら、それでいいじゃないですか。」

サラリーマン「愛を探すのに遅すぎることなんてない……か。そうか、そうだな。
生きている間は、可能性が尽きることなんてないんだ」

光乃「その通りです。前を向いて生きることが
1番いいんです。」

サラリーマン「ふむ……一理あるかもしれんな。
もう一度仕事を探して、新たな出会いを探してみるよ。」

光乃「その意気です。」

( 懐中時計解除→電車が来る音 )

光乃「生きている事がどれだけ素晴らしいことか、全くわかっていない。
さて、今度は……」

( 暗転 )

( 眞島、泣きながら登場 )

( 明転 )

光乃「まずい!」

( 光乃、慌てて懐中時計を止める )

光乃「止まりなさい!」

眞島「!?なに……?」

光乃「自殺しようとするなんて、まだお若いのにどうされたんですか」

眞島「何で赤の他人のあんたなんかに話さなきゃならないのよ!おっさん誰」

光乃「……ここの駅員です。自殺願望者が近くに来ると、それを阻止するために時間が止まる時計を持っています。
貴方はどうして、ここで自殺をしようと?」

眞島「拓真と別れちゃったの……」

光乃「拓真、と仰いますと、貴方の彼氏さんでしょうか」

眞島「……彼氏だった人だし。てか早く死なせてよ!
時間が経ったらだんだん怖くなるじゃない!」

光乃「時間は動きません。貴方が考えを改めるまでは
他の誰にも迷惑をかけません。
……僕を除いて」

眞島「何それ訳わかんない」

光乃「こちらからしたら彼氏と別れただけで自殺を選ぶ方が、訳分かんないですけどね」

眞島「はっ!?それだけじゃないし。
私、名前が変なの……」

光乃「おっと、それはまたどういった?
あ、決して笑いません。」

眞島「眞島……きてぃ」

光乃「な、なんですって?」

眞島「眞島キティ!私の名前キティって言うの!
ほんとやばいよね、笑って」

光乃「……」

眞島「何で笑わないの?」

光乃「確かにおかしなお名前ですが、それでも自殺をする理由になんてなりません。
というか、自殺をするのにはどんな理由も理由になりませんよ」

眞島「ほら、おかしいんじゃん。
私の親はキティちゃんのように可愛く育って欲しいだなんて薄っぺらい理由でこんな名前つけられて、拓真はこの名前が嫌で影で笑ってたんだって。
だから私の名前を1度も呼んでくれなかった」

光乃「キティさん、本当にそんなことで死んでいいと思ってるのですか」

眞島「そうやって呼ぶな!!」

光乃「では眞島さんと。
……おや、その左腕はどうされたんですか」

眞島「……分かんないの?リスカだよ」

光乃「リスカ、リストカット!何のためにですか?」

眞島「……血を見たら、生きてるって感じがするの。」

光乃「精神状態がボロボロなのに更に肉体まで傷つけて、そんなことで生きてるって感じる?浅い人生ですね。
一時的な感情のせいで、未来に残る傷をわざわざ付けないでください。」

眞島「生きてるだけで笑われて、やっと心を許せる人が現れたら直ぐに消えていくんだよ
なんなのこの人生、生きてる意味ある!?」

光乃「今は絶望の淵に立たされておられますが、今だけです。
拓真さんと一緒だった時の幸せは本物でしょう。
死んでしまったら、そんな喜びすら感じられなくなるんですよ。」

眞島「何よ、分かったようなこと言わないでよ……」

光乃「貴方こそ、そんな年齢で全てを分かったつもりでいるんですか?」

眞島「何なのよ!いい加減にしてよ!」

光乃「眞島さん、貴方はこれからの人生
きっと数え切れないほど辛く悲しい事はこれからもあるでしょう。
でもその反対に、まだ成人もしていない貴方が想像もしていないような幸せな出来事が必ずあります。」

眞島「なんでそんなこと分かんのよ」

光乃「私が貴方より、少し歳上だからですかね」

眞島「歳食ってるだけじゃない!
そんなので何が分かるの?ほんと意味わかんない」

光乃「眞島さん、これからの輝かしい人生を楽しみに、それを糧に、どうか生きてください。
幸せを感じてこそ、人生です。
幸せを求め足掻くのも、これまた人生です。」

眞島「……」

光乃「拓真さんでなくとも幸せは得られるはずです。
そして、その名前に相応しく、穏やかで上品で、そしてポップコーンを売りながら生きなさい。
そうすれば、不思議と幸せは集まってきますから。」

眞島「おじさん、変な人だけど面白いね。
ポップコーンは売らないけど、少し希望がもてた
確かに拓真を信じてた時は楽しかった。
今度は心から好きになってくれる人を見つけてやる」

光乃「その意気です。」

( 懐中時計解除 )

眞島「ハローキティ!出来たての、ポップコーンはいかが!」

( 眞島、歌ってスキップしながら退場 )

光乃「ちょっとやりすぎましたかね。
えっと……?今度は年配の方が来そうだ。」

( 暗転 )

( 光乃、構内で人を探す→しばらくして発見 )

( ゆっくり明転 )

( 懐中時計を止める )

光乃「ようこそ、三ツ葉駅へ。
時が止まったと言うことは自殺願望者という事ですが」

( 石和田、時が止まったのに気付かず飛び降りようとして跳ね返される。 )

光乃「お、奥さん?」

石和田「何よこれ!ンも〜!」

光乃「奥さん!お気を確かに!」

石和田「あんたは?駅員さん!
あら、ごめんねぇ〜」

光乃「いえ、ごめんねぇ〜ではなく」

石和田「やっぱ自殺なんてバカバカしいわよね」

光乃「あれ、解決した」

石和田「駅員さんありがとね、ババアはもう帰るね。」

光乃「いや、ちょっと待ってください。
時が止まってるって事にすら気付いていないのですか」

石和田「ときが、とまってる。?」

光乃「ほら、周りを見てください。
僕たち以外の人間の動きが止まってるでしょ。
僕がこの時計で止めているんです」

石和田「やだほんと。何これ不思議ね。」

光乃「不思議ですね……
あの、奥さんはなぜ、自殺を測ろうと?」

石和田「そんなの、何だっていいでしょう。」

光乃「ダメです、気が変わらないように説得するのが
僕の役目ですから。」

石和田「こんなババアの話、あなたみたいな若い子に聞いてもらうまでもないわよ。」

光乃「いえ、聞かせてください。」

石和田「あなた、駅員なのに何でこんなことしてるの」

光乃「それは……」

石和田「そうね、それを教えてくれたら私も教えてあげる」

光乃「僕の母は、僕の幼い頃に自殺しました……
父との関係に問題があって。
僕は耐えられなかった、父を恨みました。
僕も母の後を追いたかった。
でも、今死んだら本当に母は喜ぶのか。
そうは思いませんでした。
今を一生懸命に生きたら、母はきっと喜んでくれるでしょう。
なので僕はこの時計と共に、自殺を未然に防ぐことに生きているのです。」

石和田「……そんなもんよ。
私も、夫と喧嘩になって離婚してね。
息子はグレて学校にも行かないし、母は認知症で私が誰だかもわかってないし、施設に預けるお金もない。」

光乃「それはお気の毒に。でもまだ、希望が」

石和田「ないわよ。気が変わったわ。」

光乃「なんですって?」

石和田「申し訳ないのだけれど、もう一度この止まってる電車動かしてくださる?」

光乃「いけません!えっと、だから……」

石和田「母はボケる一方だし、このままじゃ息子は仕事にも就かない、金も人脈も何も無い!
こんな老いぼれたばあさんを雇うところがどこにあるのよ!」

光乃「うちで雇います!」

石和田「何勝手なこと言ってんのよ早く電車!」

( 2人、時計を求めて攻防戦
石和田、懐中時計を解除してしまう )

( 電車の音 )

( 2人、ホームに転落 )

( 薄く暗転 )

( 明転 )

( 2人、しばらくして這い上がってくる )

石和田「全く!何してくれてるのよ!」

光乃「こちらのセリフです!
時計壊れたじゃないですか!」

石和田「……というか、何であんたそんなにピンピンしてるの……
今、私を庇って……」

光乃「んん……まぁ、そういう事です。
僕がこの時計を所持する理由は、それです」

石和田「そんな作り話、信じないわよ」

光乃「ではなんです?どうして時は止まっていた?
ホームの下で貴方を庇って電車に背中を削られて、どうして傷1つないんです?
……確かに僕はあなたに嘘をつきました。
でも今でも結局僕は母に1度も会えていない。
死んだら、その魂は無意味に存在するだけなんです。
後悔した時には、僕はこの世の人ではなかった。」

石和田「……」

光乃「だから、生きて
死ぬまで生きて。
自ら死なないでください。
自ら自分をつまらなくしないでください。」

石和田「……あんたの言う通りなのかもねぇ」

光乃「それに、面白い人たちを知っていますよ」

石和田「面白い人たち?」

光乃「1人はサラリーマン。彼はお金こそありませんが、人を深く愛する誠実さを持っています。素敵な方です。
もう1人は女子高生。言葉遣いは悪いけれど、根はいい子です。今度紹介しますよ」

石和田「ふぅん。そして、あんたはこれからどうするの」

光乃「……死人は大人しくしてろって事ですかね。」

石和田「そうしなさい。幽霊が駅員だなんて気持ち悪いわよ」

光乃「おっしゃる通りですね」

( 暗転 石和田退場 )

( カラスの鳴き声 )

光乃「線路は続くよどこまでも
野をこ 山こえ 谷こえて
はるかな町まで ぼくたちの
たのしい旅の夢 つないでる」

( 電車アナウンス音 )

( 電車が来る音→人が轢かれる音 )

( 光乃、帽子をかぶり直し退場 )

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