小説 「火と水」

❶⑦

あれから、1ヶ月たったある日の朝。

「今日の降水確率は、80%です。お出かけの際には必ず傘を持ってお出かけ下さい。今日も元気にいってらっしゃい」

僕は必ず、このお天気お姉さんのいってらっしゃいを聞いてから家を出る。

高校の最寄り駅に着いた僕は、朝練に遅れそうで、駅から走っていた。

もう少しで正門だという時、

正門に見覚えのある立ち姿で、携帯を見つめている女の子を、みつけた。

紛れもなく、それはリコだった。

ぼくは、あのメール以来リコとは一切あっていなかった。

合わせる顔がないのは、わかっていた。

どうか気づかないで、そのまま目線を落としたままでいてくれと、祈っていた。

正門を抜けようとした時、リコは何かを感じ取ったように顔を上げた。

リコに気を奪われてるうちに僕は思い切り、下の段差に気づかず、転んだ。
バッグの脇に入れていたペットボトルが勢いよく飛び出した。

あまりにも鈍い音だったので、その場にいた生徒の視線を一斉に集めた。

リコはペットボトルを拾いに行ってくれた。
リコが、ペットボトルを取ろうと、かがんだ時に、ポケットからマッチの箱や、ハンカチとイヤホンなどポケットに入っていた物が全部溢れ落ちた。顔を赤くしながら慌てて、拾う姿に、

そんなドジな所を含めて好きだったなぁと改めて思い返しながら、その光景を眺めていた。

全部拾い終わり、リコは僕の方にゆっくりと歩みよってきた。

リコは、いつもと変わらない柔和な笑顔で、

「おはよう」

と、言って笑いながらペットボトルを渡した。その手の温もりがどこか懐かしく思えた。

僕は、あの、おはようを一生忘れることはないだろう。

そして、ぼくが去り際に、リコはつぶやいた。

「全部、知ってたよ」


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