小説 「火と水」

❶❷

明日は、久しぶりのOFF。土曜日に休日は、僕たちサッカー部にとっては、異例中の異例であった。
いざ、明日何もないとなると、する事が思いつかない。そんなもんだ。いきなり、休日だといわれて、する事が埋まる方が稀である。

「ちょっと相談がある。」

ヨシからだ。僕は、何故か背中が熱くなるのを感じていた。僕にとって、良い事が待ってる訳がないと身体が1番分かっていたからだろうか。

僕たちは、渋谷のハチ公前に、集合して2人でたわいもない話で繋いだ。センター街をしばらく歩いた所のドンキの向かいの細い道にある2人の行きつけの喫茶店に入った。

「で、相談ってなに」

試合開始のホイッスルを自ら、吹いた。
もちろん、9割ため息であった。

「オレ、マミちゃんに告白しようと思う。」

予想はしていたものの、いざ、言葉にして、音として自分の耳に入ってくると、そのリアルさは、想定を優に超えてきた。

それから、僕は、全部マミちゃんから聞いた事のある話を、テイストの違う内容でヤシが話すのを黙って聞いていた。

「僕は、応援するよ」

また、僕は嘘をついた。ただ、純度100%の嘘ではなかった。それは、マミちゃんの本当の気持ちを確かめる物でもあったからだ。

それから、また何日か経ったある日。

ヨシからの連絡があり、僕は、新宿にある家に向かった。
なぜか胸の中に誰かが走り回っているようにむず痒い気持ちが、家に着くまでずっと続いた。

「いらっしゃい〜!」

ヨシの母親が、嘘のように明るい笑顔で出迎えてくれた。それにつられて、僕も笑った。 この母親には、今の僕の気持ちが分からない。いや、わかるはずもない。
案内されて二階にある、ヨシの部屋に入った。

「よっ」

以前まで目にかかってた、髪がさっぱりしていた。なんだか、違う人みたいだ。

「で、どうだったの」

座るやいなや、僕はきいた。その部屋の、時計が少し傾いているのが、気になった。
ぼくは目を合わさずに、その時計を正しながら言った。

ヨシは、うつむき頭をかきむしった。

「ちょっと待ってほしいって言われた。」

僕は、怒りに近い悲しさが沸き起こった。どうゆう意味なのかがイマイチわからないでいた。何を待つのか、待ったうえで、何を考えているのか。マミちゃんの中で、何の葛藤を抱き、噛み砕いているというのか。

いつかの、遠い幼い記憶が乱暴に頭の中で駆け回った。

「なだよそれ」

思わず声が大きくなった。

「なんでそんな怒ってんだよ」

ヨシは、笑った。

「だって、向こうから告白したくせに、逆に、告白したらちょっと待っては、おかしいじゃん。」

もちろん、その事で怒っているのではなかった。

なんとか怒りの矛先が、あたかもヨシをかばうかのような、方向に変えた。

「まぁ、俺が待たせすぎたのかな」

今すぐ、マミちゃんに会ってどういうつもりなのかを、問いただしたかった。マミちゃんの中で、僕はどうゆう位置付けなのか。

ぼくの中の虫が鳴いた。儚さは、やがて体温に溶けて消え、虚しさは誰かの呼吸になるだろう。

女は、大抵嘘つきだ。

しかし、よりによって、マミちゃんがウソをついているとは思えなかった。何か、意味があるんだろう。そう思っておこう。
なんとか、プラスに考えるように努めた。

ただ、僕とマミちゃんは付き合ってはいない。

こんなに、気持ちが荒ぶるのも自分でも驚いていた。

もちろん、僕に2年間交際しているリコという彼女がいる。それは、忘れてはいけない。僕は、いけないことをしている。

僕は悪魔だ。

いつしか、僕がヨシと会うのは、マミちゃんの気持ちを確かめる道具になっていた。

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