2019年7月30日 ブルームバーグ アメリカの貧困層に自己責任を求めるのはやめよう

https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2019-07-30/u-s-economy-personal-bad-behavior-isn-t-what-causes-poverty


経済

アメリカの貧困層に自己責任を求めるのはやめよう

日本では、人々は勤勉に働き、ドラッグの乱用は非常に少なく、犯罪は最小でシングルマザーもまれである。にもかかわらず、日本も多くの貧困層を抱えている。


ノア・スミス


‎2019‎年‎7月‎30‎日‎ ‎22‎:‎30


ノア・スミスはブルームバーグの論説コラムニスト。元ストーニー・ブルック大学助教授。ノアピニオンというブログを運営。


写真:タイ・ライト、ブルームバーグ


アメリカの保守層の多くは、貧困は個人の誤った決断が主な原因であると信じている。特に、アフリカ系アメリカ人は、自らの貧困を責められがちだ。政治学者の中にはそうした態度を人種的敵意と呼んでいる。いわゆる「福祉の女王」(※訳注:福祉制度を悪用し裕福な生活をする人のこと)というステレオタイプは、数十年にわたり、共和党が好んで取り上げる主張だった。しかし、保守層は、同様の責めを白人貧困層に対しても結び付ける。2016年の記憶に残る記事で、ナショナル・レヴューのケヴィン・ウィリアムソンは白人労働者層の絶望の原因を離婚と物質乱用であると喝破した。


(白人労働者層は)自ら失敗したのだ。(中略)福祉への依存、ドラッグやアルコールの乱用、家庭の崩壊を虚心で見ればよい。(そうすれば)恐ろしい現実にたどり着く。(中略)アメリカの白人下層階級は、邪悪で身勝手な文化に隷属している。そしてそこから生み出されるのは、惨状と使用済みのヘロイン用注射針なのだ。


この考え方によれば、一生懸命働き、ドラッグ、アルコール、暴力を遠ざけ、子供に離婚をさせないようにすれば、貧困はまれだ、ということになる。


しかし、この処方箋―勤勉に働き、リスクのある自己破壊的な行動を避け、賢明な人生の選択を行っている―に従っている、豊かな国が少なくとも1つある。日本だ。にもかかわらず日本にも貧困層は数多くいる。


暴力は日本では極めてまれだ。殺人率はあまりにも小さくて比較対象とすることすら難しい。


そこにいる殺人者


人口10万人当たりの殺人事件件数


アメリカ:5.4
カナダ:1.7
フランス:1.4
イギリス:1.2
ドイツ:1.2
オーストラリア:0.9
日本:0.3


出典:世界銀行


日本の犯罪率は一貫して低かったが、近年はさらに低下しており、警察署によってはやることがほとんどない、という状態にまでなっている。


また、日本では違法薬物の使用が非常に少ない。第2次世界大戦後はメタンフェタミンの依存が問題になった(暴力的な犯罪にも結び付いた)が、ほぼ解消されている。峻厳な薬物規制法があるにも関わらず、麻薬による起訴は年間13,000件に過ぎず、そのうちマリファナによるものは3,000件ほどだ。ドラッグの使用経験があるという日本人は非常に少ない割合でしかない。


また、日本では1人親世帯も非常に少ない。1990年代初頭の経済バブルの崩壊以降、その割合はほぼ50%上昇しているものの、シングルマザー世帯は712,000に過ぎず、総世帯数の2%未満だ。一方アメリカでは約850万であり、人口比で言えば日本の約2.7倍となる。


そして、日本人はほぼ全員が働いている。生産年齢人口の雇用率は77%以上となっており、アメリカの71%よりも高い。


こうした良き行いを踏まえると、保守派は日本では貧困率が非常に低いと考えるだろう。しかし、真実は逆なのだ。日本は先進国としては貧困層の割合が相対的に高い。国民所得の中央値を下回る収入の人口比という定義に従えば、日本の貧困率は15%以上となる。アメリカよりは若干低いものの、ドイツ、カナダ、オーストラリアといった国よりはかなり高い数値である。


ありふれた貧困


国民所得の中央値を下回る収入の人口比で示した貧困率


アメリカ:17.8%
日本:15.7
カナダ:12.4
オーストラリア:12.1
イギリス:11.1
ドイツ:10.4
スウェーデン:9.3
フランス:8.3


出典:OECD


日本の貧困は静かなものだ。スラムや貧民街はほぼない。道路は清潔でメンテナンスは行き届いている。ホームレスは目につかないところで寝ている。いわゆる蒸発した人々は家や家庭を離れ、やせ細った匿名の存在となっている。単身者は、クローゼットより少し大きいだけの小さな何もないアパートで暮らしている。1990年代の経済不況から立ち直ることのなかった高齢者は陰に隠れて苦しんでいる。多くは100円ショップ(1ドルショップと同様のもの)で買い物をし、何とか生き抜いている。


子どもたちも飢えている。ほぼ14%の子ども、すなわち約350万人が、貧困状態にあると見積もられている。しかも2012年の16%強からは減少しているにも関わらずだ。こうした問題に対処するため、全国の自治体は何千ものカフェテリアで、子ども向けに無料の食事を提供している。


しかしながら、貧困層救済のための社会福祉歳出総額という観点では、日本はほぼ中間に位置している。


より大きなセーフティネットが必要となるだろう


社会福祉歳出の対GDP比


フランス:31.55
デンマーク:28.68
スウェーデン27.06
ドイツ:25.29
日本:23.06
イギリス:21.49
OECD全体:21.03
スイス:19.73
アメリカ:19.32
オーストラリア:19.15
カナダ:17.21
韓国:10.36


出典:OECD


そのうち、多くを国民健康保険が占めている。福祉国家という点では、日本はヨーロッパに大きく後れを取っている。


つまり、日本人は全て正しいことをやっている。暴力を遠ざけ、ドラッグを避け、勤勉に働き、子どもに離婚させない。保守派の処方箋に従っているのだ。それも世界中の先進国と同様、いやそれ以上に。それでもなお、多くの貧困層を抱えている。このことはすなわち、保守派の貧困に関する理論に何か大きな間違いがある、ということだ。


確かに自らがお粗末な選択をしたことで経済的苦境に陥る人はいる。また、暴力、ドラッグ、家庭の崩壊はどんな国においても、貧困層の生活を悪化させる。しかし、貧困の主要な原因は経済構造により関連がある。非常に多くの人々が資本主義システムのはざまに落ち込んでいく。失業、病気、けが、その他の不運によってだ。そして市場は、それ自体では、誰もが快適な生活を送れるだけの給与をもらえる仕事を、全ての人に生み出すことはしない。


したがって、アメリカの相対的に高い貧困率に対する解決策は、個人の責任や公正なモラルに依拠するべきものではないだろう。そうではなく、アメリカは、ヨーロッパ諸国、あるいはオーストラリアやカナダを見習い、どのように貧困を減らせばいいのかアイディアを探るべきだ。強固な社会的セーフティネットの代替物などというものはない。


本稿はブルームバーグ編集部及び弊社所有者の意見を必ずしも反映したものではない。


本稿の筆者:


ノア・スミスnsmith150@bloomberg.net


本稿の担当編集者:


ジェームズ・グライフjgreiff@bloomberg.net

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