見出し画像

西洋美術雑感 10:パオロ・ウッチェロ「サン・ロマーノの戦い」

僕は細々と真面目ブログをやっているのだけど、その記事の中でいちばんアクセス数が多いのが「昔の人がなぜ遠近法で絵を描かなかったか分からない、という発言はなぜおかしいか」なのである。

遠近法が現代のわれわれの感覚に染み渡ってしまった様子は、ほとんどまともとは思えないレベルだ、というのが僕の考えなのだけど、おかしなことに、絵を描くときは遠近法、当たり前じゃん、って言う人も日ごろの生活では、遠近法に沿っていないデザイン画の中に暮らしていて、特になんの違和感も持ってない、ということだ。

ま、そんな現代の僕らの話はそのブログに任せて、ここでは、前期ルネサンスに、初めて絵画に遠近法を持ち込んだと伝えられる、イタリアのパオロ・ウッチェロの絵を出してみた。「サン・ロマーノの戦い」である。

ウッチェロはあるときアトリエで一点透視法による遠近法に気が付いて、その手法で自分が描いてみた絵に驚嘆して、「遠近法というのはなんと美しいのだ!」と自分の絵を前に夜も眠れなかった、という逸話がある。

この絵を見ると、そのウッチェロの素朴な驚きがよく分かる。描かれているのは阿鼻叫喚の戦場の場面なのだが、地面に落ちている折れた槍は遠近法のグリッドにしたがって落ちているし、横倒しになった馬はいわゆる短縮法と呼ばれるオブジェクト単位の遠近法に沿っているし、死んだ兵士は消失点に向かって倒れているし、遠くの荒野の畝の形状は遠近法にしたがっていて、そこに短縮法の兎や犬が飛び回っていて、などなど、もう、見ていると、画家の遠近法フリークぶりがとってもダイレクトに絵になっていて、その、なんというか、純粋さに感銘を受ける。

で、それなのに、まだ完全に手法として確立していないせいで、いきなり遠くの方の人物が遠近法を破って大きかったり、左に脈絡なく黄色いオレンジの木が立っていたり、とにかく、僕はこの絵を見ていると、そのモチベーションのあまりの純粋さと、それでも従来絵画と遠近法を折衷しなくてはならず、苦心して中途半端な工夫をした様子が、可愛らしすぎて、見ていると悶絶しそうになる。

ところで、遠近法はウッチェロが発明した、というのはただの逸話で、実際はそのころおそらく同時発生的に現れたのだと思う。しかし、前期ルネサンスから最盛期ルネサンスに至る間に、この遠近法の説得力は破壊的な強みを見せ、ほとんどあっという間にほとんどの絵が透視図法により描かれるようになる。

でも、いったんこの遠近法が確立してしまうと、その魅力はだいぶ薄れてしまい、当たり前の了解事項になってしまう。前期ルネサンスのこのウッチェロのような純粋な若々しさはほとんどなくなってしまうのである。

画像1

Paolo Uccello, "Battle of San Romano", 1436 - 1440, Tempera on panel, Uffizi Gallery, Florence, Italy

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?