早尾貴紀「ガザ攻撃 イスラエルの行動に働くジェンダー暴力」

(この文章は、『ふぇみん』2024年1月1日号に掲載された文章で、『ふぇみん』編集部では文章の重要さに照らして紙面をPDF版で公開していますが、スマホでの読みやすさや音声読み上げの利便の点から、編集部の許可を得てnoteに転載するものです。)

早尾貴紀「ガザ攻撃 イスラエルの行動に働くジェンダー暴力」

『ふぇみん』2024年1月1日号

 イスラエルによる壊滅的なガザ地区攻撃、そしてその背後で着々と進むヨルダン川西岸地区に対する収奪と暴力。この常軌を逸するイスラエルの行動には大きなジェンダー暴力が働いている。それを二つの側面から概観しよう。

 第一には、入植型植民地主義(セトラー・コロニアリズム)の典型とされるシオニズムは、パレスチナの地を乗っ取るに際して、パレスチナ人社会の女性性と男性性をそれぞれ攻撃対象としている。パレスチナ人口の総体をユダヤ人国家にとっての「邪魔者・脅威」とみなす価値観は、パレスチナ女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツを根底的に破壊し、パレスチナ人の再生産(出産・育児)を阻害することを意図している。イスラエルはユダヤ人人口比率を高めるために異様に人口統計学を重視する人種主義国家であるからだ。ガザ地区攻撃においてのみならず、西岸地区においてさえ、執拗に学校と病院が破壊対象となるのも同じ理由による。

 「パレスチナ・フェミニスト・コレクティヴ」というグループが、今回のガザ攻撃後の11月25日「女性に対する暴力撤廃の国際デー」に出した声明によると、現在では2万人に達する死者の7割が女性と子どもであり、さらに5万人の妊婦が衛生環境も麻酔も確保できておらず、未熟児や病児が次々とケアを奪われ死んでおり、女性たちは生理用品が手に入らない状況に置かれている。ガザ攻撃は、パレスチナ人女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツへの攻撃でもある。

 他方で、パレスチナ人男性に対しては、その家父長的保守性を利用した虐待が行なわれている。イスラエル軍・警察に拘束されたパレスチナ人男性は、しばしば性的拷問を受けたり、全裸にされて写真を撮られたりしているが、この屈辱を通して男性性を傷つけられ、パレスチナ人の家族社会が破壊されているのだ。

 またこれも「パレスチナ・フェミニスト・コレクティヴ」による告発であるが、イスラエル軍はガザ地区と西岸地区で、性的マイノリティ(LGBTQ)を探り出しては、それを周囲にばらすぞと脅迫材料にして、密告者・スパイになることを強要している。しかし、その一方でイスラエルは、自国をLGBTQにフレンドリーな先進国として、いわば「ピンク・ウォッシング」をしている。そして返す刀で、パレスチナ社会を古い男性支配のもとで性暴力が溢れているという宣伝やイスラーム社会はLGBTQ差別が蔓延しているという宣伝を行なっている。ここで利用されているのは、典型的なオリエンタリズムであり、先進文明国として欧米と一体化したイスラエルと、野蛮で未開なパレスチナという、捏造された対比を通したプロパガンダである。

 第二に、シオニズムの過剰な攻撃性に潜むマッチョ性の歴史的由来を考えたい。というのも、このシオニズムにおけるマッチョ性というのは、ひじょうに近代的でかつ人為的なものだからである。

 前近代までのヨーロッパにおける反ユダヤ主義言説では、ユダヤ人男性を「女々しい」つまり女性的であり、そして同性愛的である、とすることが広く流布していた。逆に、男性同性愛者を噂される(あるいはそうだとレッテルを貼られる)人物に対して、「ユダヤ人か」という言い方が陰口としてなされることにもなった。このユダヤ人の特質をなした「女性性」は、ユダヤ人が離散状態を克服して力ずくで「国家」を手に入れて、自ら「国民」になろうとするシオニズム運動の初期において、大きく塗り替える必要があった。闘うユダヤ人、マッチョなユダヤ人として、「筋肉質のユダヤ人(マッスル・ジュー)」という表現まで登場した。これは、国家のない離散の民であることを不健康な状況と捉えて、健康的な国民へということであるが、それは同時に、「異常な同性愛」から「正常な異性愛」へという転換でもあった(なお、「離散」というのはそもそも「帰還」的移民を正当化するための神話であり、各地のユダヤ教コミュニティが古代ユダヤ王国から離散したわけではなく、とくにヨーロッパのユダヤ教は宗教伝播による改宗の結果である)。

 シオニズム運動は、ユダヤ人の国民化であるナショナリズムであるのみならず、先述のようにヨーロッパのユダヤ人による入植型植民地主義でもある。すなわち、先住のパレスチナ人を虐殺・追放して人口数を減らさせながら、イギリス委任統治政府を利用したり場合によっては敵視したりして、パレスチナ全土を奪取しようという思想運動だ。それゆえ、そのマッチョ性は極度に攻撃的になりがちなのは、実はイスラエル建国前から一貫していることである。とりわけ、1948年の建国直前にエルサレム郊外のデイル・ヤースィーン村でパレスチナ人数百人を虐殺し、その恐怖を追放に利用したことは有名だ。

 以上、二点は、イスラエルによるガザ地区攻撃の実態と本質に関わる重要なジェンダー的要素である。

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