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井上 靖 「しろばんば」を読んで

自宅には、井上靖の文庫本が何冊もあります。
文庫本のカバーに掲載されている、「井上靖の本」の一覧を見ると、既に半分ぐらい読んでいることにびっくりしました。
好きな作家なんだなと、改めて感じました。
井上靖の小説「しろばんば」は、私の愛読書です。
人生の節目に、何度か読み返しています。


昭和初期の風景


主人公は、親元から離れ、伊豆の自然の中で老婆と幼年期を過ごします。
近所の子供達、親戚、部落の人々との交流が、描かれています。
人とふれあい、その中から学んでいき、成長していきます。

日が暮れるまで近所の仲間と遊ぶ時間
運動会や草競馬を楽しみに待つ日々
慕う人との日々と、永遠の別れ

物の豊かでない時代で、大切なものを分け合う。
出産、旅立ち、不幸など、出来事があれば、喜び合い、慰め合う。
行事、災害があれば、部落全体で手伝い、助けあう。

そんな日常が、四季の流れとともに、丹念に描かれている。
自然の描写が豊かで、目の前に浮かんできます。
人物描写も細やかで、登場する人物に愛着を感じます。
主人公の心の動きが、手に取るように伝わります。

懐かしい言葉

その時代だからこそ、頻繁に使われた言葉があると思います。
風物、生活様式、習慣が失くなれば、その言葉も使われなくなります。
その時代を忘れないために、当時使われたを小説の中から探してみることもいいかと思います。

土蔵、土間、背戸、上がり框、襖の唐紙 
下駄、藁草履、蓑、脚絆、襷掛け
草競馬、乗合馬車、共同湯、臼と杵 

読後思うこと


私はこの小説を読みながら、小津安二郎監督の映画「東京物語」など、昭和の時代の一連の作品を思い出します。
登場人物は、家族、親戚、ご近所の人々で、お互いの利害もあり、時々口論もするが、その結びつきは消えることがない。
私は、そんな人との結びつきが、懐かしく感じます。

家族のあり方、社会との関わり方は変化しています。
核家族化、単身者の増加を止めることはできません。
一人で生活していても、自分が存在していくための、人とのつながりや地盤を、見つけていかなくてはいけません。

私の幼年期

私は、幼年期、近所に、同い年の女の子3人と3歳程下の男の子がいました。
よく遊び、保育園や小学校低学年まで一緒に通いました。

小学校5年の時、引っ越して、幼馴染みと別れました。
引っ越し日、家の裏口に、近所の仲間が10人近く集まって来てくれました。
挨拶をしなくてはいけないのに、お互いに見つめ合い黙ったまま、何を話していいか解らず、別れてしまいました。

4年ほどして、市で開催する陸上大会がありました。
その時、見覚えのある女子中学生が私に近づいてきて、幼馴染の女性の一人が病気で亡くなったことを、教えてくれました。

人にとって、幼年期とは何でしょうか。
その頃の人達に会うことはありません。
しかし、私にとって、かけがいのない思い出です。
この小説を読むと必ず、不思議とその頃のことを、懐かしく思い出します。

この小説を読み、昭和の初期の風土と生活、多感な大切な幼年時代、そして、読者の幼年期を思い起こしていただければ、と思います。

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