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『ブルーアーカイブ』のゲームとアニメによる多次元的表現

注意

この記事は『ブルーアーカイブ』のゲームおよびアニメのネタバレのみで構成されています。


序文

ブルーアーカイブ、盛り上がっていますね。2021年3月のゲームリリース当初こそ静かなものでしたが、2021年下旬から2022年中ごろにかけて公開されたメインストーリー Vol.3『エデン条約編』、また2023年初頭に突如公開された『最終編』によりゲームが一躍ブレイク。2024年4月からはアニメ放送が開始され、ゲームはメインストーリーの更新が進みつつもうすぐ3.5周年を迎える頃合いです。果たしてアニバーサリー実装は誰になるのでしょうか。個人的にはラブちゃんがいいです。ダメですか。そうですよね。

本編

さて、アニメ『ブルーアーカイブ』はゲームのメインストーリー Vol.1『対策委員会編』の1章・2章を元に構成されていますが、アニメ化にあたって大なり小なりの変更が加えられています。アニメ化にあたってどうしても必要になる先生の描写はもとより、現在ゲームで進行中の『対策委員会編 3章』における最重要キャラクター『ユメ先輩』に関する描写が大きく増えていることは既にご承知の通りかと思います。これを最初は「アニメはゲームで描写しきれなかった部分を深掘りするものだ」と受け取りました。しかし、アニメと『対策委員会編 3章』が進むにつれ、一つの疑問が浮かび上がりました。

"アニメは本当にゲームを深掘りしているのか?"

深掘り
読み方:ふかぼり
穴などを深く掘ること。または、原因や事情をより詳しく穿って調べること。

https://www.weblio.jp/content/%E6%B7%B1%E6%8E%98%E3%82%8A

確かにアニメではゲームになかった描写が追加されています。先に挙げたユメ先輩のことや、アニメオリジナル回である『第8話 秘密』が大きいでしょう。シロコがホシノとクジラの類似について「ずっと、息を止めてるところ。」と表現したのは痺れましたね。放映前は「貴重な1話を消費してオリジナル回をなぜここで?」と思いましたが、いざ観てみるとゲームにはなかった一面が見られた重要な回だったと思います。

しかし「深掘り」という言葉をそのまま受け取ると、それは「ゲームが表現したものをさらに細かく表現する」ということになります。つまり「ゲームにはなかった一面」は深掘りではありません。ここで「深掘りという言葉を深掘りしなくてもいいんじゃないか」と思考を放棄することは容易でしたが、考えていたらしっくりくる言葉を見つけました。それは、

"アニメは『ブルーアーカイブ』をゲームと違う面から描写している"

ということです。先ほどの「ゲームにはなかった一面」というのは言葉通りだったわけです。どういうことなのか、詳しく解説していきましょう。

アニメはゲームのシナリオを元に構成されていますが、先に触れたようにアニメでは随所に変更が加えられています。もちろんそれはアニメにおける1話・1クールという時間的制約や、アニメとゲームそれぞれの得意・不得意な部分の違いによって生じます。後者の例をあげるとバトル描写でしょうか。バトル描写はゲームのテキストで表現することが難しいものの一つですが、アニメでは絵が動けばそれだけで説得力があります。一方で絵として描写しづらいキャラクターの内面や繊細な表現をアニメは苦手とします。が、ユメ先輩のことや『第8話 秘密』の内容はそういったアニメ・ゲームによる違いとは考えられません。それらはゲームが実装された当時にはなく、むしろ現在進行している『対策委員会編 3章』に繋がるものだからです。

突然ですが、物事というのは多次元的なものです。例えばシロコというキャラクターを例にとってみましょう。横から見るとただの正統派美少女ヒロインですが、正面から見るとオッドアイであることに気づきます。一方で横からであれば正面からは見えない後ろ髪などが細かく観察できるでしょう。また同じ横であっても、右か左かによってヘアピンをつけていることに気づくでしょう。この通り、視点によって見える部分、また隠れる部分があるわけです。そして、正面と横の視点を組み合わせれば、立体的なシロコの像が浮かんでくるはずです。

もうおわかりでしょうが、ブルーアーカイブのゲームとアニメもこの関係にあります。仮にゲームが『ブルーアーカイブ』を「正面」から描いているとすれば、アニメはそれを「横」から描いているのです。ゲームとアニメの描写が異なるのは「見えている部分が違うから」です。また、多くの部分は「正面」と「横」のどちらからでも見ることができ、それが「ゲームとアニメの共通する部分」というわけです。そして「正面」と「横」の2つの情報をかけあわせると、それは「立体」となって浮かび上がってきます。つまり、ブルーアーカイブのアニメは「ブルーアーカイブというゲームのアニメ化」ではなく、「ゲームとアニメを通して『ブルーアーカイブ』を立体化させようという試み」なのです。

これは非常に大胆な手法です。従来のアニメ化は小説や漫画、ゲームなどの原作をより広範囲に展開するものとして使われてきましたが、ブルーアーカイブはそれを相互補完関係とし、コンテンツそのものを平面から立体へと昇華させたのです。ゲームとアニメそれぞれ単独でも楽しめますが、両方を見ることでより楽しめる、ということです。このような試みが過去になかったわけではありませんが、それを「ゲームで既に描写した部分のアニメ」と「ゲームが現在進行しているシナリオ」という「違う時間軸」を「リアルタイムにリンクさせている」のが現代的だな、と感じました。

ここで連想したのが映画監督であるクリストファー・ノーランです。彼の得意とする手法の一つに、「時間や空間を展開・再配置して複数の物語を並列に進める」というものがあります。ですが、あくまでそれは映画という枠の中で行われるため、立体というよりはレイヤーという方が正しいでしょう。それはどちらが良いというものではなく、「コンテンツを多次元的に表現しようとした」という点ではどちらも同じといえます。ちなみにノーラン映画を未見の方は、『メメント』『インセプション』『インターステラー』あたりから始めるのがオススメです。絶対にレビューやあらすじなどの前情報を見てはいけませんよ。

話を戻すと、ブルーアーカイブでは他に「便利屋68」や「ゲーム開発部」を題材としたスピンオフ漫画がありますが、それらも当然『ブルーアーカイブ』の別の面を描写したものといえます。ここでうまいなあと思うのが、仮にそれぞれの面で矛盾があったとしても「それは視点が違うから」で済ませられるのと、そもそもシナリオが多元宇宙論を肯定しているため「違う宇宙だから」で済ませられる点です。これはほぼ反則です!

さて、間もなくアニメは11話が放映され、またゲームも次のメインストーリー更新が予告されました。物語は佳境に入り、先生たちの心は引き裂かれ、そして最後には幸福に満ち溢れたものとなるでしょう。これから『ブルーアーカイブ』が何を見せてくれるのか、まだまだ楽しませてくれそうです。


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