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その足元は固いか【feat.戸塚】


 未成年Aと対戦するとなった時、その時ペアを組んでいた男性が「あの子がこの中で一番上手いんじゃないですか?」と笑いながら言った。そうか? と思った。
 打球が速いのは分かる。けれど重さは紙の上、暴打が多く、ムラがある。打球の性質自体ななコやレッドに近しく、完全に上位互換の彼らを見ている以上、調子づかせるとめんどくさそうだが、だからと言ってそこまで大きく見積もる必要はなさそうに見えた。
 何より未成年Aのテニスは私の今しているテニスに近く(美しさは非でない)そこからの脱却を試みている以上、美意識として反応しようがなかった。

 じゃあ未成年Aが一番上手い訳ではないとして、自分が向かいたいテニスをしているのは、「ゆっくり」と、ベースの安定と、美しさを備えたテニスをしているのは。


 戸塚だ。


 少しの間コートを離れたかに思えた男は、何かを身につけて帰ってきた。思ったのは久しぶりにダブルスで組んだ時に感じたやりやすさ。
 ショートで出されたボールをバックハンドのスライスで返球して並行陣を組む。いつだってつんのめりがちな私に、コーチは「そのくらいゆっくりでいいんだよ」と足元の調整をかけた。
 そのテンポが、サービスライン上に立った時の速さが、合う。
 理由は分からない。最近ずみと組んでないから、その速さと称するものが彼女に近いからか分からない。けれどとにかく、ノンストレスで次の動きに対応できる。

 男のサーブ自体、サービスダッシュを想定している。だから私は無駄な動きをする必要がない。気負ってバタバタせずとも、始めからサービスライン上での攻防を想定すればいい。そこからスタートできるというのは、限りなく練習に近い場面から始められるというのは大きい。
 大きい。私もそうすればいい訳だ。気負ってリターンせずとも、次を想定して動き出す。前に出るための動きから始める。注意するのは「急ぎ過ぎないこと」だけ。


 懐に間をつくる。戸塚は正しい呼吸法で打つ。全身の動きが連動している。だから重くて安定した一打を打てる。わざわざ「ゆっくり」と言わずともゆっくりを備えている。
 幹がブレない。安定した足元を構築する建設的なテニス。緑。PERCEPTを初めて見た時、戸塚だと思った。
「ボールを潰して操る」「潰す」力強さと「操る」技術はイメージそのままだった。
 私にとってまともにやり合おうとした時嫌だなと思うのは、一見派手な未成年Aよりこの男だった。

 これはあくまで推察だが、男はボレーに自信がついた。それだけのものを積んできた。元々純正のストローカー。上から打ち落とすなら分かるが、低い弾道で捉えて相手の足元に落とす、フラットの持つ「低さ」をそのままボレーに活かす技術には目を見張るものがあった。ストロークとボレーの境、そこに上手いこと折り合いをつけたのかもしれない。ちょうど雁行陣ではなく並行陣を選ぶように。


 何にせよこのクラスには手本となる人がたくさんいる。ただコーチに教わるだけでなく、自分のテニスと向き合うだけではなく、ヒントをもらえる、ビジョンを得られるというのは、やっぱり希少な贅沢だ。


 誰しも己がやり方でこの競技と向き合っている。
 自己分析して、不足を補って、得意を強化して。それは何もこの競技に限らず、スポーツをすること自体、そういう工程を踏むから自己肯定感が上がりやすいのだろう。

 それでも言ってみれば一趣味だ。例えばダブルフォルトでゲームを終えたり、緊張から本来の力を発揮できずに終えたりすることで生じるストレスがあった時、それでも戻って来るというのは、それだけの執着がこの競技に生じているというのは、勝手にうれしいものだ。ここはそういう思いをして来た人達が残る。そういう人達だけが残る。だから何を言おうと、私はもうコーチを恨むことはないよ。

 私もまた己がやり方でこの競技と向き合う。
 いつだってふさわしいか、見合う努力をしているか見比べながら。


 変わる。





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