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傷つかず愛せると思うなよ、2【feat.中上級】




 元々上からの「──しましょう」という言い方が鼻について、この日全てにシカトを決め込んできた生徒Aは、当然ヤンキーコーチなななコと合わない。しかしその距離感が故、きちんと自立した個々でいられた。この日、この男相手にストレート2本抜いた。試合後にはもっと積極的にポーチに出ましょうと言われた。それがこの時の私の輪郭だった。あれから2週間。


 見学に行った時にいた男性二人に加えて、さらに二人のメンツ、(内一人は中級の振替で何度か打ったことがある)ここに私が加わる。中上級と言っても、前回見た限り中級の上澄み程度に思っていた。まあ違うわな。
 前回ななコの中級に顔を出した時には、ななコ以外「別に」という感じだったから良かったが、ななコ含めバケモノ3人が相手となると、ちょっともうキャパオーバーだった。ただでさえ初めて行くところはハードルが高いというのに。コーチのお墨付きが必要なのも頷ける。
 見合うか。ふさわしいか。一つの風景があったとして、その景観を害していないか。
 ただでさえ女一人入るというのは、それだけで空気を変える。そのため無駄に愛想を振りまかない。きちんと実力を示す。危機感は互いに必要。
 来た時よりも美しく。そんな言葉を体現する。何よりこの競技に対して誠実であるため。
 主観しか持たずとも、自分で自分を測るツールはある。それは動画を収めるスマホであったり、数値を記録するスマートバンドだったり。以前玉ちゃんと打ち合っているのを隣のコートから見た旦那が「弾道が違う。中級だと思った」と口にした。それだって大事な客観だ。

 早い球足は、けれども力任せではない。
 単純にベースが力強いのもあるが、正確な打点から繰り出される打球は、意識せずとも勝手に力を纏う。押される、と感じるのは着弾点の深さ。加えて下がるまいとする己が意志に依るもの。ぐ、とかかる負荷。一筋縄ではいかない。追い詰められて初めて生まれる思考。
 じゃあどうするか。
 押されるのは何でだ。重心が後ろだ。だから深く返そうと、相手のコートでボールは伸びない。押しやれない。結果ぐいぐいと詰められる。ネットを取られたら届かないコースを狙われる。だったら、悔しいが一歩下がろう。そこから前へ。押し返せ。ボール三つ分真っ直ぐ前へ。落ちたところから伸びるように。高い打点で取らせるように。

 いいね。苦しいけど相手が嫌がり始めた。振り遅れてる。私のバックハンドにボールを集め始める。浅い。なら鋭角に。
 叩け。ショートクロスは打てる。正面からぶつかっていい。それで打ち切られるような相手じゃない。そうして全員と打って感じる。
 負けてない。大丈夫だ。打ち合える。
 何より満足度が高かったのは私好みの練習メニュー。4人でボレストなんて、あのハイパー初級以来だ。自由度が高く、自分好みにカスタムできる。

 その後サーブからのラリーを挟んでゲームに移る。初めて来るクラスということもあり、ゲームこそ緊張感が高まる。味方とポイントがついて初めて責任が生じる。
 雁行陣と並行陣。組み慣れないペア相手だとつい雁行陣を選びがちになる。躍起になって並行陣を求めるi野コーチの顔が浮かんだ。

 リターン。デュースサイドに入って構える。味方はななコ。デュースサイドにバケモノ確認。ピンクのTシャツはウーマンラッシュアワーのパラダイスに似てる。いや、ロングコートダディの兎か。うさぎは一見ゆるい球を打ってくる。やさしいというか、ぬるいテニスをする。この日4人でボレストの時、うまくタイミングが合わず、ボディにボールを受けるが、そのことを最後までずっと気にしていた。印象としては体格の割に気弱な、どこか玉ちゃんを彷彿とさせる。
 でもバケモノだ。
 最初こそ調子の合わなかった男は、けれども前衛としてネットをとると、凄まじい威圧感と守備力を発揮した。細身の白黒のウエアの男性が結構打ってくるストローカーで、ここ二人が正規のペアだと踏む。
 ストレート一本、打てることを確認した上でロブをあげる。
 男性はロブを使う機会がない。「それ」は、高い天井、ライトを通り、高くはずむ。ベースラインから2メートル下がってもらう。返球の選択肢は同じくロブ、あるいはそこからの強打。まさかロブ合戦は望まない。だから実質選択肢は一つ。

 遠いよ。
 高い打点からの強打。影が動いた。ネット前、沈むボールを軽くいなす。ボールはななコに指示された通り、鋭角に落ちる。息の根を止める。
 嫌がる。上がる打球を同じくロブで返そうとする。打ち慣れていない、力の加減が分からない中途半端なロブは、ただのご馳走。よぎったのは腹を空かせたバケモノ。私が「いらね」と思う脂身を美味しそうに頬張る姿。



 おい。
 一体いつまでどこをほっつき歩いてるんだよ。


 

 一閃。コーチのスマッシュは地面に叩きつけられて高い弧を描く。
 バケモノと対峙しようと、私自身、力ではどうにもならないことも、
 強打をいなす力。隙あらば喉元掻っ切る力。
 決定力を持つバケモノがいれば、それだけで怯えずに済む。

 私自身、基本的にドロップショットは嫌いだ。つまらんと思う。でもロブだってきっと似たようなもので、きっと奥歯を噛み締めるように鬱陶しい。けれどそれもまた同じ一点。「ナイショー」と声に出すと、振り返ったななコは「ナイスロブ」と言った。
 気づく。私のロブは無駄に高い。目線を上下させるのも相手のミスを誘う一手段。加えて無駄に高い弾道は、この「でか」な男でさえも一瞬視界から消す。ななコはすすすと真ん中に陣取ると、分かっていた動きをした。いくらセンター、ベースライン2メートル後ろから打ち分けたとて、その幅は確実にななコの手の届く範囲。私を狙うにはせめてコート後方2メートル以内に収めなければいけない。それって結構むずいよ。

 結果このゲームはとった。あと、私のサービスゲームもストレートでとった。
 じゃあなんだ、中上級大したことなかったって話じゃない。これは私が積極的に残したかったもの。続けて影の部分も晒す。






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