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池の中のかわざない(前編)【テニス】


『やるからには勝つって一見もっともらしいですが、目先に勝負がなくても常に備えていられる者が真の勝者じゃありませんこと?』というのは何の名言だったか。
 最近姐さんや白石くん、(清水)悠太くんがトレーニング動画をあげていたのが無意識に作用したのか、久しぶりに走りたい気分だった。普段気が向いた時になかやまきんに君の「動的ストレッチ」や「世界で一番楽な筋トレ&有酸素運動」をやるレベルのthe weekend player(週末じゃなく週一基準)は、そんな気まぐれに助けられてそれなりのパフォーマンスを発揮する。今のところ真の勝者とは程遠い模様。


 
「2月ぶりですね」と言われた。確かに前回来たのはバレンタイン前だった。どうせまたチクチク言われると思っていたため、カラッとした口調は意外だった。相変わらず昨日も会った距離感で話をする同い年の整体師は、身体のバランスを見ながら「髪型変わりましたね」と続ける。
 定期的に通うマッサージとは違い、本当にバランスの悪さを感じない限り行かない整体。身体にかける資本は定額。理想を追求するあまり、枠を外すようなことはしたくなかった。結果美容院より長いスパンで現れる私に、けれどもこの日かけられた声は「ん、でも悪くないすよ」
「ただ、左の骨盤が下がってる。バランスを取ることで他が崩れてなければですけど」
 歯の定期検診とどちらがヒヤヒヤしているか知れない。一通り確認が済むと、男は「どうぞ」と言った。
 


 レッドに感謝する。早急に修正をかけておいて良かった。
 2週間ぶりに訪れたテニスコートはやけに広い。そこにいつもの相方の姿はなく、代わりにいたのはここ最近見る顔。ああ、「両手にくない持ってよーいどん」な人な。だから球種はフラット。速さと回転量、どちらを取っても好ましい部類。何とか留まってくんないかなと密かに思っている。ほんで広いコートにはノッポさんも入る。
 以前額縁の話をしたな。輪郭というのもたぶん背景によって変わって、そういう意味では、この時私は理想に近かった。
 腕時計を見る。ノッポさんは「7分」と言った。
 いつだったか「君は数打つことで安定させてきた。だからたくさん打てないと不安になる」と言われたことを思い出す。そのこと自体、裏を返せば「たくさん打てさえすれば安心する」ということでもあり、打球数が増えれば増えるほど自然バフがかかる。いつもの相方なら100球辺りでベンチに下がるのだが、この日は止まることがなかったため、同じテンポでバフはかかり続けた。ここ最近のアベレージは450、この日530を記録した(過去最高679がどれだけ異常かが分かる。しかもスイングスピード130で)マジで走っといてよかったーと思った。
 普段「相手に迷惑をかけないように」と「自分がしたいように」が拮抗する場面。打てる分、一球にかかるプレッシャーが軽減されることで、自ずとチャレンジする機会が増える。じゃあこうしてみよう、こうしてみたい、そんな能動。結果できた時、それは輪郭目一杯に線を引く。そうして「こんなこともできたんだ」「こういう展開に持ち込めば得意かもしれない」という発見が重なることで、より鮮明になっていく理想のイメージ。
 食い気味に手を伸ばすそれに限りはない。もっともっとと貪欲になっていく。
 そうしていつしかその思いだけが乖離することで生まれるのが「対フラット用の自分」
 理想と現実。それは「限りなく満月に近い自分」
 自信を得て夢をみる。何者でもない自分が何者かになれる気がして。必ずしもゴンさんまでいかずとも輪郭一杯、そこに留まる。ボールが浮かない。ギリギリ抑えてコートに収める。速さを出すために削った高さは、私の守備範囲。
 テメエの心地よさだけを求める集団。ノッポさんが完全にプレイヤーとして入る。コーチではなく、それはただの上級トップスピナー。誰も手加減をしない。全員が全員火花の散るようなフルスイング。その一端にいることを誇りに思う。
 
 ただここで「限られた人間と丁度いい高さのラリーしかしていない」にも関わらず、「私結構打てるんじゃね?」と調子に乗ると痛い目を見る。対極に当たるは「大人数と高さの違うラリーをする」
 そう、現実である。理想と現実。それは「限りなく新月に近い自分」
 ぴったりハマる速さと高さに馴染むことで起こる弊害。それはゴリリン系に相対した時マジで詰むこと。縦の変化に出力が合わず、うまくいかないとなると無意識に身体が縮こまり、ボールとの距離感を違える。本来の打点が「近距離を処理するための下から上へのスイングに変わる」ことで下がり、もはや制御不可能になる。
 動揺は、できていたことができなくなっていることに対してではなく、完全に染まりつつある自分に対して。「対フラット用の自分」以前も少し話したが、基本トップスピンを持つ人種は中級以上。絶対数が少ない分、当たらない限り支障はない。ただ、
 

 例えるなら山田さんは7。力強くて、でも癒しで、心地よい痛みの分だけ矯正される。一方、同い年の整体師は5と10。本来あるべき場所に「押しやる」5と、歪み、コリがひどい場所に限って「押し込む」10を使い分ける。このこと自体、どこかフラットとトップスピンの性質に似ていて、私自身7は得意な一方、自ら出力しなければならない5と完全に受け身に回らなければいけない10は苦手だった。
 




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