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純度の高い遊びにマナーはつきものです、1ー②【feat.嫁】




 先日、試打ができるというテニス専門店に初めて行ってみた。
 久しぶりの外出に、ネジのふっ飛んだように喋り続ける旦那は、最悪テニスを離れなくても外出できるならいいらしい。店員さんに聞いて選んだ試打用ラケット3本を抱えて、そのまま打ちっぱに向かう。


〈基本的にメーカーは変えない方がいいですよ。それまでの打球感は当たり前ではありませんから〉


 なるほど。打ってみて分かった。
 選んだ3本は「今使っているものの少し重いもの」「今使っているものの改良版」「別メーカーのスペックの近しいもの」。それぞれ良さがあるものの、初手はどうしても新たな発見が多く刺激的な「今までと違うもの」に惹かれやすい。
 けれど「それ」は数打って気づくこと。重いヘッドに調整の意識を取られたり、軽さにスイングの違和感が徐々に大きくなってきたり、そうでなくても打ち出す球が思うより早かったとして、そのこと自体はいいことでも、自ら望んで打ち出したものではない、意思の及ばないそれは、私の打球ではなくなる。

 何が大事って結局のところ自分が集中したいことに集中できる環境、つまり無個性に思えるほど、わざわざ取り上げるまでもないほど馴染む当たり前だったりする。意識的に合わせる必要がなく、勝手に合うもの。
 だって本当に向き合いたいのはネットの向こうにいる人やペアなのに、イチイチ手元に意識を持っていかれるようでは話にならない。足元。この競技を愛する上で、最も重要で最も見えづらい、それは絶対の味方。

「似合ってるよ」

 ご機嫌なまま旦那が言った。
 本当は白が良かった。ソウさんが白いラケットを使っていて、すごく大人って感じで憧れた。いつも30分遅れて現れて、キレイなところだけ見せて帰って行った人。体力の配分や、やりたいことしかしないところ。自分で選ぶそれに一切の迷いがないこと全部、その人の輪郭に憧れた。でも。

「何ぶってんの」

 私は30分遅れて行くことはないし、みっともなくてもボレーもバックハンドも向き合いたい。いい年して必死感一杯でガチャガチャうるさくて、気づいたらガス欠起こしているようなどうしようもない人間だから、きっとソウさんみたいな大人にはなれなくて。

「猫だと思ったら指食いちぎられそうになった?」
「いや、首からいかれた」
「どんだけ獰猛だよ」

 女の皮を被った野郎だと旦那は言う。分からないでもない。寅年な女は、もしかしたら世間一般に比べてほんの少しだけ攻撃力高めなのかもしれない。
 結局選んだのは、真っ先に「ないな」と思った面白みのないラケット。すなわち今使っているものの改良版。トラ色をしたそれは、実はどっかの誰かさんの他、ひここやずみもが同じ配色のものを使っていて、全員少しずつ黄色と黒の割合や塗装素材が異なる。


 何にしても今回の一件から、ファーストインプレッションだけで何かを判断するのは危険だと思った。その時思ったこと自体本当だとしても、グレーに留めておくのが無難か。確かに言い切った方が気持ちいいし、受け取りやすいと思うんだけど、安直でもある。

 新しいラケットは週末自宅に届く。移行期間も必要なので、もうしばらくよろしくお願いしますと現嫁を撫でる。もはや本体がどっちか分からんっていう。 






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