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6月26日 火山観測

前回で基礎火山学は済みました。今日からは応用編になります。噴火予知と防災を語ります。

現状は、火山をどんなに密に観測しても一般の利用に適合する噴火予知はできません。火山における防災は、予知を目指した観測から一定の距離を置いて構築する必要があると私は考えますが、一般には、観測して噴火を予知することが期待されています。いまの日本における火山観測と噴火予知は、そういった制度設計になっています。

さまざまな手法で火山が観測されています。それによって、どんな噴火がいつ起こるかを的確に予知できるとは期待できませんが、始まった噴火の様子や火山の内部構造を知ることができます。

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監視カメラでいまの画像を取得することは、火山観測の基本です。上の2枚は、鹿児島県が設置した監視カメラが霧島山新燃岳の2011年1月26日噴火をとらえた画像です。もくもくとした黒い噴煙と高温の赤が飛び散るさまがおどろおどろしい。インターネットでライブ配信されました。いまは、気象庁が日本各地に多数のカメラを設置して即時公開しています。

ただし監視カメラは、天候が悪いと役に立ちません。霧に巻かれるとまったく見えません。高感度カメラが開発されたので、晴れていれば夜間でもとてもよく見えます。満月の夜はまるで昼間のようにくっきり見えます。マグマの明かりが上空の雲に映える火映がよく見えすぎて困るくらいの感度です。監視カメラの真っ赤な火映を想像して現地に行って肉眼で見て、それほど赤くないのでがっかりすることがあります。長時間露出による美しい星団写真を期待して天体望遠鏡をのぞいてがっかりするのと同じです。

御嶽山の2014年9月27日噴火は、国土交通省中部地方整備局の滝越カメラでつぶさに動画記録されました。噴火は11時53分03秒から始まります。噴火開始13秒前に頭出ししてありますから上の画像をクリックしてください。中央右寄りの谷に白い水蒸気が上がっていますが、もうひとつ右の谷へ雲の中から火砕流が下りてきます。しばらくすると、左側の谷にも火砕流が下りてきます。

2分たつと火砕流の前進は止まって、火砕流の上に噴煙がもくもくと上昇し始めます。動画は10分ずつに二分割されて公開されました。後半は下でご覧ください。

秋のよく晴れた土曜日の正午前でした。山頂域には486人の登山者がいて、そのうち63人が高空から降り注いだ火山れきに当たって死亡しました。火砕流に巻き込まれたひともいたようです。

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ハワイ島キラウエア火山のハレマウマウ火口の写真です。カルデラ縁にあったジャガー博物館の展望台から2008年4月に私が撮影しました。監視カメラではありません。昼間は白い煙を出しているだけでしたが、夕刻になると根元に火映が赤く見えてきますした。噴火口の下に溶岩湖があって、そこから出る熱線が噴煙を照らしていたのです。噴き出しているのは水蒸気だけですから、これは噴火ではありません。肉眼でも赤く見えました。

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噴煙に含まれる火山灰粒子は気象レーダーに映ります。気象レーダーは5分間隔でデータを取得しているので防災のためにたいへん有効です。ただし、厚い雲がやってくると火山噴煙を識別できなくなります。

左は、新燃岳の2011年1月26日噴煙のエコーです。鹿児島県の監視カメラが撮影した噴火です。右は、口永良部島から全島民が島外に脱出した2015年5月29日噴煙のエコーです。気象庁の高解像度降水ナウキャストから取得しました。

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御嶽山の2014年9月27日噴火の気象レーダーエコーです。12時ちょうどから5分間隔でアーカイブしました。12時05分から15分間の噴煙柱がもっとも高くて、11キロに達しました。この気象レーダーエコーを迅速に有効活用すれば、開始から1時間後には噴火がずいぶん収まってきたことを知ることができたはずです。迅速な救援活動に利用できたと思われます。

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火山噴煙は宇宙からも見えます。気象衛星ひまわりは2分30秒ごとに画像を取得していますから、時間とともに噴煙が拡大しつつ風下に移動する様子をつぶさに観察することができます(ひまわりリアルタイムWeb)。ひまわりは赤道上空の静止衛星ですが、極軌道の周回衛星でも噴煙を観察できます。有人の国際宇宙ステーション(ISS)からも観察できます。火山噴火と噴出物の回で、野口さんが撮影した稀有な写真をお見せしました。ただし、極軌道衛星とISSは火山の上空を通過するときにしか画像を取得できませんから、防災目的で利用するには限界があります。

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人工衛星NOAAによる伊豆大島1986年11月21日噴煙です。火山噴煙をとらえた人工衛星画像の最初期のもののひとつです。東海大学による画像処理で得られました。

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同じく2015年1月7日の九州島です。いまは、処理された画像がインターネットで公開されているので誰でも簡単に閲覧することができます。冬の強い季節風を示す筋状の雲のすき間に、阿蘇と桜島からたなびく2条の噴煙が見えます。噴煙の色が違うのがおもしろい。

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口永良部島から全島民が島外に脱出した2015年5月29日噴火のTerra衛星画像です。噴煙が屋久島の上にかかっています。

航空機のジェットエンジンが火山灰を吸い込むと、エンジンが止まって墜落してしまいます。それを避けるために、火山が噴煙を上げると航空機に対して火山灰雲の位置をリアルタイムで知らせる国際的取り組みがなされています。VAACといいます。日本では、気象衛星ひまわりの画像を見て、気象庁が東京から情報発信しています。

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2011年1月26日の新燃岳噴火のときにVAAC Tokyoが提供した情報です。日本列島の南海上で火山灰雲がFL250の高さを西に向かって移動しています。1FL(Flight Level)は100フィートすなわち30メートルですから、高度7500メートルに当たります。

以上、火山観測というより噴火観察でした。火山が噴火を始めたら、何を置いても噴煙を観察することが必須です。

それでは、予知を目指して制度設計された火山観測を説明しましょう。

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火山が噴火する前に噴気や地面の温度が上がることがあります。でも、噴火の前にかならず温度が上がるわけではありません。また、温度が上がるとかならず噴火するわけでもありません。火山の温度を観測して噴火を予知することは一般には困難です。温度上昇したが噴火しなかった事例や、温度上昇なしに噴火した事例が山のようにあります。

それでも、火山の温度観測はよく実施されます。安価かつ簡便に実施できるからです。センサーを当てればデジタルで温度が出ます。温度分布をカラー画像で取得することもできます。

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地震観測も効率的にできます。地震計を設置して遠隔通信を仕込んでおけば、東京のオフィスに居ながらにして自動的にデータ取得できます。昼夜関係ありません。ただし、風や人工のノイズは除去しなければなりません。

火山で起こる地震を火山性地震といいます。「性」が余分ですね。火山地震でよいですが、火山性地震とみんないいます。火山では、ふつうの地震も起こりますが、火山特有の地震が起こります。

波形を比べてみましょう。下は、アメリカ合衆国地質調査所(USGS)による図解です。

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深い地震は、ふつうのテクトニックな地震と同じ高周波です。周期が短い。おおむね3キロより浅いと、低周波になります。周期が長い。これを低周波地震と言って、火山の下で起こる特徴的な地震として注目されます。地表で発生する地震は、複雑な波形をしていて始まりと終わりがうまく定義できません。落石や土石流などです。最後に微動があります。何時間も、ときには何日も続く周期的な振動です。地下で流体が動いているときに発生すると考えられます。マグマが激しく噴出しているときは噴火微動が発生します。

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新燃岳2011年1月27日2時から5時までの地震波形です。噴火微動が2時間半続いて、そして終わったことがわかります。もし天候が悪くて噴煙が見えなくても、地震計の針の動きを見れば噴火が続いていることや終わったことを即時に知ることがます。防災科研V-net連続波形画像

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地面だけでなく空気も振動します。空振といいます。音です。火口のそばにマイクロフォンを設置すれば、視界がきかなくても爆発したことを検知できます。火山の近くでは、空振で窓ガラスが割れることがあります。

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地殻変動も、地震と並んで、熱心になされている火山観測項目です。昔は複数人で標尺と水準器を使って高さの差を測る水準測量でした。道路に沿って測りました。上の図は、そうやって測られた成果のひとつです。

桜島の1914年噴火は、桜島を大隅半島と陸続きにするくらい大量の溶岩を出した噴火です。その結果、鹿児島湾の地面が1メートル近くも沈降してしまいました。マグマが地表に大量に出てしまったため、地下のマグマだまりが負圧になったのでしょう。その後、現在まで隆起がゆっくりと続いています。深部からマグマが追加されつつあるのでしょうか。

水平距離はレーザー光線を用いて測ります。セントへレンズ山が1980年5月18日に崩壊する直前、毎日何メートルも、累積100メートルも、山体が膨れ上がっていたことが麓からのレーザー測量でわかりました。

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水準測量はいま、GPS測量に置き換わりました。日本に1200点の電子基準点が設置されていて、データが自動的に送られてきます。楽になったものです。

水管の原理で地面の傾きを測る傾斜計も使われます。これは、とても正確に測れます。1キロ先での1ミリの上下がわかるほどです。

上は、キラウエア火山のGPS基準点と傾斜計の観測点配置地図です。そして、それぞれの変化図です。GPS変化の目盛りは月ですが、傾斜計変化の目盛りは日です。GPSで長期間の傾向を見て、傾斜計で短期間の動きを見ます。

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地震と地殻変動は物理の手法ですが、化学の手法では火山ガスを測ります。火山が放出するガスのほとんどは水蒸気ですが、その次に多いのが二酸化硫黄です。噴火してなくても(マグマが出ていなくても)二酸化硫黄は火口から大量に出ています。長期的に見ると、地表に噴出するマグマの質量を上回るほどの二酸化硫黄がガスとして出ているようです。

二酸化硫黄の放出量は、火山からたなびく噴煙を輪切りスキャンするだけで簡便に測れます。航空機から測れますし、道路を自動車で走行しても測れます。

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浅間山が放出している二酸化硫黄のグラフです。気象庁がときどき車を走らせて測って報告します。多いときは、1日5000トンに達します。噴火の前に二酸化硫黄の放出量が増える前兆を2004年から3回連続でつかまえて気象庁は気をよくしましたが、2017年の増加のあとに4回目の噴火はしませんでした。また、2019年8月7日の噴火の前に二酸化硫黄の増加はありませんでした。

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水蒸気以外の火山ガスはどれも空気よりも重いから低所に滞留します。曇天無風のときに谷の中に入り込んではいけません。温泉宿でも、二酸化硫黄による死亡事故がときどき起こります。

人体への影響は、放出量ではなく濃度で決まります。ガス濃度は源からの距離の3条に反比例して急激に薄まりますから、放出源にむやみに近づかないことが肝要です。

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電磁力と重力も火山観測に用いられます。電磁力観測は、高温物質が近づくと磁性が弱まる性質を利用します。磁石をバーナーであぶると磁力が消失します。重力観測は、重いものが近づくと重力が増すことを利用します。重力はとても精密に測ることができます。2000年8月に三宅島の山頂部が大きく陥没してカルデラができたとき、破格の重力減少が観測されました。

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宇宙線ミューオンを使った火山体透視は最近開発された技術です。ミューオンは真上からだけでなく真横からも飛んできますから、空高くそびえた火山体を向こう側から突き抜けてこちら側に届きます。密度が大きいところは少数の粒子しか通り抜けられません。密度が小さいところは多数の粒子が通り抜けます。こうして火山の内部が透視できるのです。事故を起こした福島第一原発の原子炉も透視されました。

火山体を透視できるのはたいへんおもしろいですが、それが噴火の予知に結びつくか、そして防災に結びつくかを考えると、否定的にならざるを得ません。ミューオンで透視できるのはでっぱている部分だけですから、そこに異常が認められたら、次の瞬間は噴火してるはずです。地下のマグマだまりは、残念ながら、透視できません。

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