ウニだったことに気づいた私
今、私は人生で初めてウニになりたいと思っている。
現在進行形だ。
何も上手くいかなくて、だったら改善が必要なのに改善しようとも動けない。
やるべき事をやらないから、どんどんとやらなきゃいけない事が増えた。
そうしてやるべき事ができないことになっていった。
自業自得というものだ。
まるで知的生命体とはかけ離れた自分の行為に、ふと自分がまるでウニのように感じた。
ただキャベツを食べるだけの、動くが特に何も考えていない海の幸。
なんならウニのほうが中身は美味しくて高い寿司になるので、価値が高い。
あぁ、私もウニだったら良かったのに。
ウニみたいなのにウニじゃない人型の私は、ただの無能と呼ばれるものだった。
新たなやるべき事を放棄してベッドにうずくまる。
あーあ、またやるべき事をやらなかった。
さっきならまだ間に合ったのに。
そんなことを考えながらも真っ暗な部屋で毛布を被り、くるまっていた。
いつの間にか寝ていたようだ。
目を覚ますとまだ辺りは暗かった。
体も軽いしてっきり朝まで寝たかのような感覚だったが、意外と長い時間は経っていなかったみたいだ。
お腹も空いたことだし、リビングに行って何かあさろう。
確か昨日買ったエクレアがまだ冷蔵庫にあった気がする。
そうして起き上がろうとした私は、違和感を感じた。
起き上がれないどころか、動けなかった。
辺りを見渡すと、真っ暗だが自分の部屋ではないことが分かった。
ここはどこなのだろうか。
起きたら知らない場所に居て動けないなんて、かなりヤバい状況のはずだが私は凄く冷静になれた。
なぜなら、ただならぬ安心感があったからだ。
上手く言葉にできないが、とても落ち着くような、包み込まれるような、そんな不思議な感じがした。
しばらくそのままじっとしていると、ゆらゆらと揺れるような感覚がした。
それはまるで…
そう、まるで海の中に居るような、そんな感じがした。
そして私はようやく気がついた。
私はウニになったのだと。
冷たさも感じず、温かさも感じないが、ただ波の感覚だけが伝わる。
そしてもう少し意識をしてみると、自分の下にある岩のような感触を感じた。
いいぞ、その調子だ。
しばらく意識を巡らせていると、ピクりとどこかが動いた。
あ、これ動けるかもしれない。
岩らしき感触が当たる場所を意識すると、体が動いたのを感じた。
よし、動けるようになったな。
とりあえずウニって普段何してるんだろう。
そんなことを暫く考えていたが、今の自分がバカバカしくて笑いがこみ上げてきた。
ウニは何もしないんだよ。
そう自分にツッこんで、動き始めた。
お腹がすいていることを思い出したので、食べれる物を探してみることにした。
どうやって見つけるか分からないし、何を食べればいいのか分からないが全く焦りを感じなかった。
その感覚がとても気楽で落ち着いた。
分からなかったので取り敢えず、一番最初に当たったものをかじってみた。
あ、ウニってここの部分からかじるのか。
ガチガチとかじっていると、食べていることに気がついた。
食べれる…でもなんか硬いな。
もしかするとサンゴかもしれない。
別に食べ続けることもできたが、飽きたし感触が気に入らなかったので、もう少し美味しそうなものを探すことにした。
また暫く動いていると、フワッと落ちるような感覚がした。
あ、落ちてる。
どうなるのだろうとぼんやりしていると、ふんわりとした何かの上に着地した。
お、これ食べれるんじゃない?
かじってみると、いい感じだった。
もしかすると、これはワカメとか海藻系のやつだ。
いいね、ウニっぽいじゃん。
どんどん食べれる。
どこが限界なんだろう。
まぁいいや、考えるほどの事でもない。
うーん、お腹いっぱいとかないけど結構食べてるしそろそろいいや。
そしてその場で暫く波に揺られた。
そんなことをどのくらいしていたのだろうか。
気づけば長い間ずっとそうしていた。
食べて動いて飽きたら止まる。
別に疑問にも思わなかったし、嫌でもなかった。
しかし、突然私は強い光を感じた。
とても眩しかった。
眩しいと感じたことなんて今まで無かったはずだ。
だって私はウニだから。
そして光の中にぼんやり見えてきたのは、大きな大きなおじさんの顔だった。
しかもローアングルで、二重アゴを作りながらこちらを見下ろしていた。
あ、殻が割られてる。どうしたものか。
困った困った。
そして今度は酢飯の上に乗っていた。
ご丁寧に海苔まで巻いてくれちゃって。
「ウニなんていつぶりかなー」
そう腑抜けた声で呟く顔をのぞき込むと、そこには自分がいた。
目の前の自分は大口を開け、一口で口の中まで運ばれた。
これで私も立派なウニか。
そんな想いを最後に、目を覚ますと自分の部屋のベッドに寝ていた。
なんだよ、夢オチか。
ありきたりでつまらないな。
そう思いつつ、久々に感じる足の冷えや毛布の温もりが、いつもより心地よく感じた。
ふと携帯で時間を確認すると、まだ夜の8時だった。
なんだ、あんなに長く寝た気がしたのにまだ2時間しか寝てなかったのか。
そしてタイミング良く携帯が鳴ったので確認すると、友人からのLINEが来ていた。
「え、だいじょぶ?病んでる感じ?」
心配させてしまったようなので、重い体を動かし体制を変え返事を返した。
待っていたようで、すぐにまたLINEが届いた。
「じゃあさ、私奢ってあげるからさ、今から美味しい夕飯でも食べいかない?!」
まぁ、こういう時は部屋でこもるより外に出た方が気分転換にもなるかもしれない。
渋々洋服に着替えて待ち合わせ場所まで向かうと、既に友人は待っていた。
「遅すぎー!!」
そうして連れてかれたのは、ちょっと高そうな寿司屋だった。
「回らない寿司屋とか、たまには良くない?」
ニヤニヤしながらこっちを見てくる顔はムカついたが、確かにこういう高い寿司屋はあまり入ったことがなくてワクワクした。
一番最初に目の前に出されたのは、こんもり盛られたウニ軍艦だった。
順番的にいきなりウニっておかしくないかと尋ねると、そんな細かいこと気にしてるから悩みが増えるんだと笑われた。
「お腹減ってる時に最初にこれ食べたらマジで感動するよ?!」
そう友人がゴリ押しするので、食べてみることにした。
ウニなんていつぶりかなー。
思い切って一口で食べると、ブワッと味が広がった。
とても濃厚で、確かにたまらなく美味しかった。
「ねー?私ここのウニだけ食べれるんよねー。」
友人はそう言い、ウニ軍艦を頬張った。
そして悪い顔をしながら再び問いかけてきた。
「え、もう一貫食べちゃう?」
そんな誘いに少し迷ったが、私は返事をした。
いや、もういいや。
十分満足したよ。
また今度にとっておくよ。
そう言ってちゃっかり私はマグロや小肌も注文した。
食べ終わる頃に友人は言った。
「そういえばSNSでポストしてたウニがなんちゃらってどういうことだったのー? ウニ食べて満足したー?」
からかうように友人が言ってきたので、だから寿司屋だったのかと気がついた。
そして思い出す。
そう言えば、なんでウニになりたいとかポストしたんだろう。
自分でもあまり覚えてないしよく分からないが、そんな時があってもおかしくないんじゃないかと思った。
きっと特に深い意味は無かったと思う。
でもなぜか、またウニになりたいと思う日が来るのだろう。
その時私は、ウニになれるのだろうか。
この感覚を再び失った時、果たして私は何になるのだろう。
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