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【小説】けんか。

 少しイライラした。別に彼女が悪いわけでもないのだけれど、なんだか色んな事がうまくいかなくて、イライラした。
「ちょっと外に出てくるね。」
それだけ告げて、携帯も持たずに部屋を出た。
 歩きたかったのもあって、家から15分くらいの、ちょっと離れた公園に着いた。誰もいない。とりあえずベンチに深めに腰かけ、空を見上げた。少し雪がちらついていた。
 理由もわからずいらつく。このイラつきを彼女にぶつけたくないから部屋を出たのに、隣に彼女がいてくれたらなとも思った。

 公園に着いてから30分くらい経った。結局何も解決しない。
帰ろうかなと大きく息を吐くと、後ろから雪を踏む足音が聞こえた。
振り返ると彼女がいた。
「ほい、寒いしょ。」
そう言って彼女はホットコーヒーをくれた。
「よくわかったね。」
おどろいて苦笑いすると、彼女は鼻でふんっと笑い、
「その顔が見たかったから探したってのもあるけど、あたしならこのくらいの距離のとこ行くかなって思って。」
と、答えた。

「となり、いい?」
いいよと答えると、彼女は自分と僕の膝にブランケットがちょうどかかるように、けれども拳二個分くらい間を空けて座り、自分の分のコーヒーを取りだした。
「遠いね。」
そう彼女に聞いた。
「ちっちゃい抵抗。」
そう答えて口だけニッと笑った。
けして目を合わさず、遠くを見たまま。
「ぶつけてもらえず共有してももらえず、相談もされず頼ってももらえなかった女の意地です。」
自分で言ってフッと笑いながらも、遠くを見る目からは涙があふれていた。
それを拭いもせず、ただ遠くを見ながらコーヒーを飲んだ。かける言葉が無かった僕は、一緒にただただコーヒーを飲んだ。
彼女が鼻をすする音がたまに聞こえた。

無言のまま少し時間が過ぎた。飲むコーヒーも無くなり空の紙コップを揺らしていると、彼女が口を開いた。
「ビール、飲む?」
いつもの彼女の声がした。顔を見ると少しひきつった、ちょっと無理した顔にも見えたが、いつもの彼女の声だった。
「買ってきたさ。気が利くでしょ?ほい。」
そう言って一本僕に渡す。
「あ、ありがとう。」
「今日はね、大サービスで付き合ってあげようと思って。もう一本買ってきたさ。」
そう言って、彼女はもう一缶取り出して開けた。
「君、飲めないでしょ。気持ちだけでいいよ。」
そう、彼女はビールが飲めない。ビールどころか酒が全く飲めない。
消毒で真っ赤になるくらいアルコールがダメな体質だ。

缶を受け取ろうと手を出すと、彼女は守るようにそれを拒否した。
「いいの、今日は。乾杯するから早く開けて。」
「またそうやって…無理するなよ?」
そう言って僕も自分の缶を開けた。
「はいカンパーイ!」
彼女は、舐めるようにして一口だけ口に含んだ。

「あ、やっぱダメだね。うん、ダメだ。」
「だから言ったしょ。」
「うん、ダメだ。残すわ。全部残す。」
うぇーっと言いながら、彼女は笑っていた。つられて僕も笑った。

「ありがとね。」
彼女に言った。
「あとは?」
彼女が言った。
「ごめんね。」
彼女に言った。
「うん。」
彼女が答えた。

「別に君のせいじゃないんだ。」
「知ってる。あたし何も悪いことしてないもん。」
「うん。」
「ごめんね。」
「ん?」
「あたしが原因だったらよかったのにね。」
「なんでさ?」
「そしたら、あたしを捨てれば解決できる。」
「なるほど。」
「でしょ?」
「だとしたら…そうだとしたら、君が原因じゃなくて良かった。」
「なんでさ?」
「君と離れなくて済んだから。」
「なるほど。」
「でしょ?」
「そうだね。」
「そうだよ。」
「そうだわ。」
「そうだよ。」
「よかった。」
「僕もよかった。」

少し風が吹いてきた。
「ちょっと寒いね。」
彼女が聞いた。
「そうだね、寒いね。」
僕は答えた。
「そろそろ帰ろうか?」
彼女が言った。
「そうだね、寒いしね。」
僕は答えた。

「こっちにおいで?」
「きてほしいの?」
「うん、きてほしい。」
「仕方ないなあ。」

「ねえ、」
「ん?」
「もうちょっと居ようか。」
「んー、そうだね。」
「うん、もうちょっと居ようね。」

#短編小説 #小説


※2017年に書きました。せっかくなので公開してみました。
「だと思った。」という関係が好きでそういうのばかり書いてしまう。
わかってますよというのに安心するんだと思います。


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