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テンポラリ・テンプラ・テレポート

夜のネオサイタマ、繁華街廃ビルの一室。泥酔サラリマンの浮かれた声は遥か遠く、その部屋には淀んだアトモスフィアと嗚咽が充満していた。スシバーめいたカウンター席には目に涙し天を見上げたサラリマンが数人。カウンター越しにそれを満足げに眺める割烹着の男の顔には…鋼鉄製のメンポ!


すわ、ニンジャによるモータル搾取か?!腰を浮かせ逃げ出さんとした貴方。サラリマン達の表情をよく見ていただきたい。彼らは嗚咽し、焦点の合わぬ目で涙を流しながらも恍惚とした表情を浮かべているのだ。手にはハシと…さらにその先には食べかけのテンプラがあった。漆黒の、テンプラが。


金色の衣のクラシックスタイル。極彩色で酩酊やビタミン補給を目的とするケミカルスタイル。皆さんは普段どんなテンプラを食しているだろうか。しかし、黒色とは?死と停滞を暗示するその色はネオサイタマにおいても食物に使われるものではない!「ア、ア、ア、…」一人の目に光が戻った。


先ほどまでの恍惚とした表情から一転、サラリマンはズンビーめいて言葉を発した。「今日もよかったです、フライハイ=サン。実際素晴らしいワザマエのテンプラです。」割烹着の男は…フライハイは素っ気なく答える。「高く翔べたのなら、よいことだ。」メンポの裏で奥ゆかしく口角を上げる。


「ごちそうさまでした。今日の御代です。」残ったテンプラを咀嚼し手元のアタッシュケースから札束を取り出すサラリマン。「最近経理の目が厳しくてですね…あと何回来れることやら。」「無理をするなよカモネ=サン。死んだら終わり、だ。」「私が今生きているのは貴方のテンプラのおかげですよ。」


ファミリーレイドを受け家族を失い絶望のどん底にいたカモネがフライハイに出会ったのは半年前。ビルの屋上から飛び降りようとしたカモネの襟首を掴み、アジトであるこのテンプラ・バーまで引きずり無言でテンプラを揚げ食べさせたのがフライハイだった。「あのときは地獄から天国でしたよ。」


漆黒の衣をまとったエビ=テンを齧った瞬間、弾けるテンプラの旨味とともに己の周りにあった淀んだネオサイタマの光も音もすべてが消えた。気が付けばどこまでも青く透き通る空に浮かんでいる自分。そしてその遥か頭上には───彼が気が付いたことはないが───黄金の立方体があった。


「あの空の中、貴方のテンプラのおかげで、会えたんです。会えているんです。永遠に別れたはずの家族に。私の希望に。フライハイ=サンは私にとってブッダですよ。」「フン。満足したのなら早く帰って次のオサイセンの準備をすることだ。」

カモネが去った後、一人、また一人と他のサラリマン達も目覚め同様に感謝の言葉と札束を差し出し店を出て行った。最後の客にぶっきらぼうに見送りの言葉をかけ、カウンターに背を向け食器やユノミを奥ゆかしく洗う。本日は閉店である。チリリン…。鈴の音とともに店のドアが、開いた。


サラリマンの一人が忘れ物をしたのだろうか?いや、違う!その望まれぬ来訪者はサラリマンらしからぬ赤いパーカーを着ていた。そしてその顔には店主と同じく鋼鉄製のメンポが装着されていた。恐るべき「忍」「殺」の二文字が刻まれたメンポが!来訪者が、ニンジャスレイヤーが口を開く。「サツガイを知っているか。」


「ドーモ、フライハイです。」厳かにアイサツするフライハイの脳裏に運命を変えたあの出会いが浮かんだ。トブ・ニンジャクランのレッサーソウルを宿しながら碌にジツを使えず鳴かず飛ばずだった彼が、一流のテンプラ職人ニンジャとなったあの奇跡の出会い。絶対者の手が彼の胸に伸び、全てが始まった。


「知らんし、知っていたとしても言わん。彼の御方が授けたこのウサギ・ニンジャクランの聴力が無ければ今の俺のテンプラは無い。ただひたすらにテンプラを揚げ、人の心を救うのが俺の唯一の望みだ。帰ってくれ。」ニンジャスレイヤーを固く睨み付け、吐き捨てる。


「搾取の言い間違いか?店を出て行った客は皆虚ろな目をしていたぞ。」ニンジャスレイヤーは冷ややかに言葉を発し、カラテを構えた。フライハイは静かに、しかし怒りが籠った声で言い返す。「搾取だと?貴様にはわかるまい。望むテンプラを作るためにどれだけのものが必要かを。」おお、フライハイが戸棚の奥から取り出した黒塊は…!


「厳選された食材と絶妙な火加減を聞き分けるこの聴覚、そして高純度エメツ。すべてが揃ってこそ奇跡のテンプラが生まれる!飛翔し、失ったものに会う力を与えるテンプラが!高純度エメツの価格を知っているか。客からのはした金では足りるはずもない!殺人クエストやファミリーレイドで地道に金を稼ぎ、ボランティアでテンプラを提供しているのだ!」「だいたいわかった。」

「イヤーーーッ!」「グワーーーッ!」「イヤーーーッ!」「グワーーーッ!」ニンジャスレイヤーは容赦ないカラテでフライハイを一方的に打ちのめし、胸ぐらを掴んだ。「奇跡の出会いとやら、見せてもらおうか。イヤーーーッ!」エメツの黒塊をフライハイの口に叩き込み、更にアッパーカットを見舞う!


「グワーーーッ?!」次の瞬間、フライハイは中空を飛翔していた。そして青く澄んだ空の向こうから光が差し…膨大な光の奔流の中に人影が現れた。一人が振り向き、優し気に声を発する。「トビタは本当にテンプラが好きだねえ」テンプラ職人だった祖父だ!「トビタちゃんは優しいねえ。」次に振り向いたのは祖母!


父、母、学友たち。彼の大切だった人間が振り向いては語りかけてくる!これはエメツが起こした奇跡だろうか?それとも死の間際に訪れるただのソーマト・リコールに過ぎないのだろうか?「おお、おお…!」フライハイにはどちらでもよい。ただただ嗚咽し滂沱の涙を流すのみ!…そして、最後の一人が振り返った。「アイエッ?!」


「サツガイは、どこだ。」赤黒の装束に身を包んだ死神が片手を伸ばし、フライハイの首を掴むと家族の幻影も霧散していく。続いて腕から不浄の炎が滲みだしフライハイを包んだ。「アバーーーッ!」衣無しではテンプラにはならない。スアゲである!一瞬で芯まで熱が通ったフライハイはインタビューする間もなく爆発四散!「サヨナラ!」


夜のネオサイタマ、繁華街廃ビルの一室。泥酔サラリマンの浮かれ声を遠くにそのニンジャ聴覚で捉えながら、ニンジャスレイヤーは…マスラダはたった今殺したニンジャの妄言を思い返す。「失ったものに会う奇跡だと?…知ったことか。」ひとりごち、バーの出口に向かう。チリリン。ノブに触れる前に、店のドアが開いた。


「ニンジャスレイヤー=サン!一人では危ないと言ったはずですよ!」眉根を吊り上げ抗議の声を上げるのはオレンジ色の髪をしたウキヨだった。しかしすぐに温和な表情に変わり、続ける。「その顔はうまくいかなかった顔ですね。そんなときはピザでも食べるのが一番です!」


「…スシを買って帰る。」「私今、ピザを焼く練習をしているんです。抜け駆けした罰として付き合ってくださいね。」ウキヨはマスラダの手を引きぐいぐいと進んでいく。マスラダは引っ張られるまま、もう片方の手でパーカーをかぶり直し、大きくため息をついた。「知ったことか。」


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