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拝啓 おちゃらけ世代

毎年迎える別れの月が今年もやってきた。
毎年迎えているはずなのに
なぜか今年は特別に感じる。
教師になり、初めて担任を任せられ、
初めてチームを任せられた学年。
三年間見続け、特別な思いはやはりある。

伝えたいことがたくさんあったのに伝わらず、
力不足を感じた三年間でもあった。

それでもついてきてくれた

拝啓 おちゃらけ世代の卒業生へ、
最後の手紙を送ります。
※涙なしではみれないと思うのでハンカチの準備をしてから読み始めてください。
※伝えたいことがありすぎて文としてのまとまりはないと思いますがご了承ください。

クラスのみんなへ

まずはクラスのみんなへ。
コロナで入学が遅れ、
出会ったのは5月26日でしたね。
男子サッカー部、
女子サッカー部、
野球部のクラス編成で、
教師として憧れだった担任に
心ウキウキさせていた私は
後悔したくなるような問題児クラスでした。

一年生の頃は、
ジュースを買ってあげるたびに喜んでいたのが、
最終学年ではもらって当たり前の雰囲気を出していました。
(でもありがとうを言えるようになりました。)

一年生の頃は、授業担当の先生からは
動物園と言われていたのが、
最終学年では落ち着いたねと
褒められるようになりました。
(おそらくうるさいやつらは寝ていたから。)

一年生の頃は、サッカー部と野球部の喧嘩が
日常茶飯事だったのが、
最終学年ではお互いに応援が
できるようになりました。
(陰で悪いことも一緒にやるようになりました。
その時はもちろん鉄拳制裁です。)

一年生の頃は、山本先生と呼ばれていたのが、
最終学年ではハヤトになりました。
(それはそれで可愛い。)

一年生の頃は、クラス平均得点が3クラスで
あまり変わらなかったのが、
学年が上がるにつれ学年一位が
当たり前になりました。
(女子サッカー部のみんなのおかげ。ありがとう。)

一年生の頃は、それぞれの方言がすごかったのが、
最終学年では大分弁を使っていました。
(宮崎と沖縄の方言は一生理解できないと思います。)

人生で最も青春であるはずの高校三年間を
コロナウイルスの影響で
たくさんの制限や影響を受け、
文化祭や修学旅行など学校行事もなく、
悲しい思いや寂しい思いをさせてしまいました。

ですが、私にとっては
何気ない毎日の日常や会話やスキンシップが
最高に楽しい三年間でした。
女子サッカー部のみんなと放課後残って
たわいもない話をしながら
教室掃除をすることも、
追いかけ回したり、寮に起こしに行ったり、
他の先生の授業にこそっと行って
寝ているやつを起こすことも、
6限の体育が終わって全然帰ってこないことも、
行事のたびにジュースをせがまれることも、
「掃除に行け」と毎日叫ぶことももうできないと
考えるとめちゃくちゃ寂しいです。

愛知・大阪・沖縄・
山口・福岡・宮崎・鹿児島・大分と
様々なところから集まり、
お互いに理解できないところから始まり、
何度も擦り合わせて、いい仲間になれました。
これからもこの縁を大切に、
苦しい時はお互いに支え合い、
またみんなで必ず集まり、同窓会をしましょう。
その時は、三年間みんなにジュースの投資を
やってきているので、
もちろん先生の飲み代は払ってもらいます。笑


三年間本当にありがとう。幸せになれよ。

サッカー部のみんなへ

サッカー部のみんなへ。

よくも悪くも指導者としての力量が
はっきりとでる世代でした。
調子のいい時は素晴らしい。
でも気分が乗らない時は全く勢いがない。
上手く気分をのせるマネジメントができれば
県を取ることができたかもしれません。
最後までまとまらなかったのは三年間見続けた私の責任だと思います。
ほんとに申し訳ありませんでした。

「伝統を変えよう」と一年生の頃から言い続け、
変化することを押し続けてしまい、
たくさん苦しい思いもさせました。
たくさん走らせたこともあるし、
たくさん怒ったこともあります。
私のことを嫌いな生徒ももちろんいると思います。
でも、最後までついてきてくれてありがとうございました。

近くでみんなの「喜怒哀楽」をみれて、
本当に幸せでした。

後悔はいっぱいあると思います。
あえて最後に厳しいことを言わせてもらうと、
みんなは力尽きるまで努力をしていないからです。
「後悔がない」と言える人は自分を律し続け、何一つやり残したことがない人だけです。
しかし、後悔はなくすことはできませんが、
後悔を小さくすることはできます。
みんなはこの高校生活で身を持ってその後悔を体感したはずだから、
これから先の人生では、後悔を少しでも減らせるように自分で決めた道を全力で生きてください。

もう、遠征ご飯前恒例の乾杯をすることも、
写真撮影で私だけ省かれることも、
授業中寝ているやつを走らせることも、
遅刻してきたやつを走らせることも、
授業中の一発ギャグを見ることも、
バスで遠征にいくことも、
バスの中でめちゃぎんとんを聞くことも、
寮で一緒にお風呂に入ることもないと思ったら
嬉しくて嬉しくて少しだけ寂しいけど、
みんなと過ごしたこの三年間は楽しすぎて最高の三年間でした。
勝たせてあげられない駄目な指導者でしたが、
私が伝えてきたことを少しでもこれからの人生の糧にしてもらえれば、幸いです。
これからも、どのような形でもいいのでサッカーには関わってください。


三年間お疲れ様。もっと頑張れ。

最後におちゃらけ世代へ

「明日死ぬと思って生きなさい。
     永遠に生きると思って学びなさい。」
ガンジー

我々には、ゴールが決まっています。
それは、なんだと思いますか。

「死」です。

「死」は誰にでもある共通のゴールです。

我々が当たり前に生きている「今」という時間は、一歩何か選択を誤ると、当たり前ではなくなる表裏一体の中で生きています。
当たり前に生きて、
当たり前の生活ができている。
それだけでも幸せです。
だからとにかく毎日を必死に生きてください。
時間は有限です。いつ終わりが来るかは誰にもわかりません。

このコロナ禍で私たちの生活も一変し、
自分の生き方について人々が考えるようになりました。
だからこそ自分にとって何が幸せで
何がやりたいのかを本気で考えてください。
何か物事に迷ったら、明日死ぬなら今日何がしたいかと考えれば自ずと物事を決断できるようになります。

親や世間はみんなのレールを敷いてくれますが、
それは、自分の経験から失敗しないために
敷いてくれているレールです。
なので、そのレールが正解でそれが幸せなのかと問われるとおそらくそうではないと思います。
それでも、やりたいことや幸せなことが明確になればなるほど苦しいことが山ほどあります。
その苦しいことから逃げる人はこの先の楽を手にすることはできないと思います。
「若いうちに遊べ」という言葉に騙されないでください。
若いうちにたくさんチャレンジしてたくさん失敗してください。
永遠に生きると思って学び続けてください。
死ぬこと以外は何回でもやり直しがききます。
だから、どんな失敗をしてもそれを糧としてまた挑戦してください。

環境のせいにしないでください。
ベクトルを他人や環境にむけて逃げないでください。
よく、「あの道を選べばよかった」「あの人のせいだ」とベクトルを他にむける人がいます。
そうはならないでください。
後悔しても選択は何も変わりません。
その選択を正解にするか失敗にするかは
自分次第です。
置かれた立場で、場所で、精一杯努力をしてください。

自分の人生が成功だったか失敗だったのかの答え合わせは最後ゴールした時にしかわからないと思います。
だから一生懸命生きてください。

最後に、卒業するおちゃらけ世代へ。
騒ぎ出すと止まらない。メリハリがつかない。
そんなおちゃらけ世代でしたが、
楽しませないといけない立場の私が、逆に、
毎日楽しませてもらいました。
たくさん笑わせてもらいました。
たくさん怒りました。
たくさん壁にもぶつかり、
乗り越えようとする姿を近くで見てきました。
教える立場でありながら、
みんなからたくさんのことを学びました。
苦しいこと、辛いこと、困難なことがこれから
たくさんあると思いますが、
みんななら大丈夫だと思います。

現状に甘んじることなく、
今日よりも明日。明日よりも明後日。
明後日よりも一ヶ月後。一ヶ月後よりも一年後。
日々歩みを止めず成長していってください。
自分の足で歩いて、自分の目でみて、自分の頭で考えて立派な大人へとなってください。
三年間本当にありがとう。
みんなの成長を三年間身近でみさせて頂き
とても幸せでした。いい学年でした。
みんなに幸あれ。

”現状維持は退化”

                                敬具


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