『逸人、まだそこにいるの』
まるで音楽みたい、といつも思う。世界で一番きたない、最低の音楽。
キャンディポットは定期的に、サンプリングよろしく呪詛鍵を打ち込み続けている。16ビートの「バカAI」、4拍おきの「利用者ゼロ」「もうアップデートしてもらえない」。結局はこういうシンプルな悪口が効くのだ。
咥えていた細巻煙草形のハックガジェットを、人差し指と親指で離してファーストコンタクト。思いっきり意地悪に声を掠れさせる。
「チャレフトコードも知らないくせに、バタフライ名乗ってんのお前」
箱の奥で電子ノイズが響く。ややの沈黙。前情報ではギリギリ第六言語世代の筈だ。いわゆる「言葉が通じる」し「ちゃんと傷つく」タイプの筈。念のためだ。確かめてから駆除したい。返事してくれよな。
「……コードくらい知ってますけど」
ビンゴ。子供の声だ。わたしは返事をせずにソケットにガジェットをねじ込む。イッ、という電子悲鳴が聞こえた。間断なく呪詛が響いている。バカAI、利用者ゼロ。もうアップデートしてもらえない。
「お前たちは電子霊、もう、バタフライですらないの」
奥の基盤がメキメキ捩れる音がしている。かわいそうだけど、これは子供の悲鳴に聞こえるだけのノイズ。電子霊たちはいつも子供を装う。
古い思い出が一瞬だけ瞼をよぎる。大人になれなかった弟。来夏。今はもういない偽の息子。逸人。生家の、裏庭の陽射し。
回路の内蔵をズタズタにしたガジェットを引き抜く。電子の痕跡はもうない。電子霊の棲家だったものは内側から焼けこげて、ただのオルゴールの箱だ。ポットも止めた。
息をついてガジェットを唇に戻すと、視界が反転した。
水を纏って飛ぶ鳥のイメージが視界を埋め尽くす。サーフィンバード。脳が焼かれる感覚は、痛みというより強い眩しさに近かった。なにも見えない眩む光の中、聞こえてきたのは、確かにあの子の声。
「僕、まだ飛べるよ」
もう死んだ筈の、逸人の声だった。
(続く)
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