ハニカムウォーカー、また夜を往く(ボイスドラマ版)パート6

そうそう、上手だ。
呼吸に、呼吸に気をつけるんだよ。たっぷり息を吸い込みたくなるだろうとは思うけど、お互い緊張感を持って仕事をしよう。君は抑制を、わたしも抑制を。そこそこフェアだろ。

なんの話だっけ、そうだ。
エルフ族の名前の話だ。宮廷にこんな立派な部屋を持ってるってことは、君、そこそこ偉い人なんだろ?教養のある人の話はいつだって面白い。時間があればいろんなお喋りをしたいところだけど、質問することは少なめにしておこう。パトリックノーマンマクヘネシー。

西方列島国家の出身かな?並列の家名をつなげてゆくエルフ族の文化については耳にしたことがある。エルフ族は長命だと聞くし、3つの家名を連ねてるということはそこそこの地位の人だと推測するよ。

それでさ、単刀直入に聞くけど君は、わたしのことを「誰からの使い」だと思っている?ああ、大きくなければ声を出してもいいよ。君の地声が、絶叫系でないなら問題ない。息を吸わなければ大きな声は出せない。
ふむふむ。

『リィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリーム』

ンフフ、よくもそんな早口言葉みたいな名前、何も見ないで言えたね。なに?復唱したわたしもすごい?
褒めてくれてありがとう。

その通り、君の想像している通りだよ。
そのエルフのお嬢様がわたしに、君のことを「死ぬほどこわい目」に遭わせてやってくれって頼んできたのさ。
痴話喧嘩かい?
君のケツに焼けた鉄の棒を突っ込んでやって欲しいとか、穏やかじゃないよね。対価もすごい。渡し方は気に食わなかったけど、大金だったしね。お金に名前は書いてない。

あ。

まいったなぁ。
今気づいたけど、わたし、依頼人の名前を公開してしまった。これはマナー違反ではないけど、ちょっと困ったことになった。
何って、そりゃさ、これから君を殺さないでおくという選択肢をとってしまうと、わたしが、大変マズい立場になるってことさ。
だって君、君だって復讐したいだろ?
自分をこんなこわい目に遭わせた相手を、おんなじような目に遭わせたいって思うはずさ。あの女のおっぱいを切り取って口に突っ込んでやってくれって、君はどっかのギルドに駆け込むだろ。
ダメダメ。
これは口約束だからだめだとか書面にしたからいいとかではないんだよ。自分の意思で仕返しを止められる生き物はいない。これはわたしの持論だがね、ひとは傷つけ合うようにできてるんだよ。人は、復讐を諦められない。
朝になってわたしが君の視界から消えて、君が最高だと思う用心棒を雇って、そして君は今日の恐怖を忘れる。復讐への欲望が君の心を塗り替えてしまうんだ。

まあいい。
どっちにしろ君、残念だけどもう君の物語はここで終わりだ。黙り続けて、自殺タイマーを進めるメリットはどこにもないだろ。

だから、とにかくおしゃべりを続けようじゃないか。おしゃべりが続いている間は命も続く。小さな千夜一夜物語さ。それに、話しているうちに見回りの近衛兵あたりがやってくるかもしれない。
君にとって、わたしがおしゃべりであることは、まあ、たしかにそのせいで死ぬ運命になってしまったわけだから一概に手放しで「良い」とは言えないけどさ、基本的には歓迎すべきことだと思うんだよ。

それでさ、君、彼女に一体何をしたんだい。聞かせて欲しいな。

ハニカムウォーカー、また夜を往く」より

定期的に更新していきます。第一話、「ルールとマナー」は全編ノーカットの音声化です。全11回です。
とうとう第六回。ここからは胡乱な話が収束してゆく、特に聴き所になります。カクヨム版の「後編」にあたる部分のスタート。のっけからひどいことになっています。「まいったなあ」じゃないんだよ、という。

有料1000円ですがDLもできる全部載せ版もあります。50分弱も聞いてられないよ、と思うかもしれませんが、びっくりするほどあっという間です。損はさせませんので是非聞いてみてください。
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