ワッタワンダフル・ワールド

サッチモがわたしに語りかける。

「ゲロンパ」
「ゲロ…ゲロンパ?」
「ゲロンパだよ、リコ。白米、セックスマシーンだ」

観測班の報告通り、彼は大分バグっているようだ。
彼、と言っていいのか判らないが、とにかくサッチモのアバターは男性形だ。巻毛の、浅黒い肌の男性。真っ白なシャツを着て、そしてとても魅力的だ。
彼は、わたしを炊飯器のAIだと思い込んでいる。
世界一有名なAIの彼でさえ、わたしを見誤る。わたしたちのチームは、彼だけでなく、あらゆる電子霊からわたしをそう誤認してもらうためにさまざまな偽装を施した。

もっとも、わたしが純粋に「人間」と呼べるのかは、既にだいぶ「怪しい」もんだなとも思う。

下肢は事故でなくして久しい。普段使いは車椅子で足りるから、もう2ヶ月は接続していないが、わたしの義肢ジャックは軍用のアタッチメントだ。EAU形式の接続ポッドであれば直接続で戦闘機だって動かすことができる。
スラット社のジャックインから脳に情報を直接摂取するわたしは、子宮も腸の大半もあの事故の時に失くしていた。出生以来の純正部品はもはや胸から上だけだし、純正部品、と言っても部分的には足したり引いたり、中身も色々と取り替えてしまっている。睡眠トリガーもトグルスイッチに切り替えた。手放せなかったトランキライザーはわたしの血液中を常時巡回している。
本当にわたしはまだ「人間」なのだろうか。

「サッチモ、あなたに会えて嬉しいです」

なるべくぎごちなく聞こえるように答えると、サッチモはパリパリと笑った。そして、沢山のAIを発狂させてきた例の質問がわたしを襲う。

「『きみは、誰だ?』」

ごお、という音が聞こえる。電子合成音ではない。わたしの鼓膜付近の血流の音だ。わたしは存在しない音楽を聴く。

「やっと見つけた。僕を、殺してくれるもの」

ログボードに反応はない。
電子情報じゃない。この耳に響くサッチモの声は、確かに聞き覚えのある声だった。

【続く】

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