当事他者探Qその7

 当事者の体験を、当事他者と言語化して経験にすることを、ベンヤミンの言語論に沿って考えてみましょう。

 ベンヤミンは「言語一般および人間の言語について」という論考において、言語は人間以外の事物にもあるけれども、それは音を持たない沈黙の言語だとしています。それに対して人間の言語すなわち言葉は、事物を認識して音声にすること、つまり事物を名づけることを本質としています。当事者の体験を経験へと言語化することは、事物の言語を人間の言葉で名づけることでもあります。

 事物を名づけることは、「翻訳」とも呼べる営みであり、「翻訳者の課題」という論考にも引き継がれています。ベンヤミンは「翻訳者の課題」において、原作には外を志向する翻訳可能性が本質的に内在しており、翻訳者の課題は、原作に潜在する翻訳先の言語への志向を見出して、翻訳先の言語の中で原作のこだまを呼び起こすことだとしています。
 当事者の体験を経験に言語化することは、当事者の内なるこだまをききとることでもあり、原作と当事者との類似性が考えられます。そしてまた翻訳が原作の「生き延び」であるように、当事者の体験の言語化も、当事者が「生き延びること」につながり、当事他者との協働とも考えられるでしょう。

 以上がベンヤミンの言語論ですが、「言語」であったり「翻訳」であったり、言語論以外の論考においても「複製」や「模倣」や「天使」、あるいはベンヤミン自身が活動の場としてきた「批評」といった、二次的たらざるをえないものを一貫して主題にしてきたとも言えます。それはまた当事者から派生する当事他者について考える上でもヒントになります。

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