死は人生につきものだけれど

12月中旬 兄貴のように慕っていた友人が いきなり
旅立った。
おかしなもので その前日 私は 庭箒を持って
彼の住むアパートの前の通りを 掃き清めたのだった。
実際は 大波が ビーチの砂を 道路まで押してきたのを ビーチに戻すために掃いたのだった。
そうしないと 私の 四駆仕様の でかいタイヤが 
遠くまで 砂を押してしまうのだ。
掃きながら 彼のアパートの窓を見た。
いつもなら 外に出てきて 世間話しをするのに
嫌なぐらい ひっそりと静まり返っていた。
私は 掃除の手を止めて 何度か ドアをノックしようかと 思ったのに 何かが そうすることを避けていた。
1ヶ月ぐらい前のこと 彼は軽い脳卒中で 病院へ行った。その時点では 言葉がはっきりせず 片腕に 力があまり入らない状態だった。近所の消防署から 救急車と消防車が出動してきて 血圧を測ると 200だったらしい。
例のアレは 打たなかったと言っていた。
ただ 飲酒は 長い間 すぎるほどだった。
数年前 大波の日のサーフィンで 大怪我をし その時に処方された 鎮痛剤が癖になり 退院してからも 闇で手に入れていたらしいことを 彼の友人から聞いた。
だから 本当に打ってなかったとしても 彼の身体は長期に渡り 酷使されてきたわけだ。
そんな 彼を そろそろ海に戻ろうと 何度も押した。
怪我をした時のトラウマで 海とは疎遠になっていたからだった。
なかなか 重い腰が上がらなかったのに 脳卒中で 
半身が弱くなって ようやく その気になってくれた。
脳卒中を患ってから 毎朝 近所に住む長女が 立ち寄り 朝食を共にするのが 日課になった。が、亡くなる前日に限り 子供の都合で 来なかった。その日が 私が 掃除をした日だった。
そして その日 彼は 久しぶりに サーフボードのフィンを差し替えて 海に向かう準備をしていたと 後で 近所の人が 話してくれた。
不思議な 一日だった。
翌朝 近所に住む知人が テキストで知らせてくれた。
心臓発作だと言った。あっけないと思った。
3年前には 彼の親友が リビングに泊まり込んで
そのまま 心臓発作で旅立った。そして 同日 レジェンドサーファーと言われた人もまた 心臓発作で 旅立ったのだった。2020年の7月のこと。

彼の死は 今を生きることを 改めて 思い出させてくれた。その頃 買い替えたばかりの 私の新車を見て
「でかくて 頑丈で かっこいいね。今ある人生は 
一度しか生きれないから 楽しもう。」と メッセージをくれた。
そんな 矢先のことだった。
死は人生の終わりにくるけど 輪廻転生があるとすれば
人生は 死から始まる。死から初まったと思えば
生きるしかない。なぜなら また死は やってくるから。慌てて死に向かわなくても 死はやってくる。
そうすると 落ち込んでる暇など無くなって
文句言う暇も無くなって、イタズラ好きの いつもなら頭に来る猫も、臆病すぎて 呆れてしまう猫も、みんなみんな 大好きになって、今しか一緒にいられる
なかったら 一緒にいることが 一番大事なって
景気も税金も政治も 誰かのマインドゲームで
私は もふもふを抱きしめて 今この一瞬を
薔薇色の一瞬を 次の瞬間も その次の瞬間も
生きていく。
そんな風に 思うのだった。


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