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ここは私の独壇場

料理をしようとキッチンに立つ。スマホで好きな音楽を流しながら、包丁とまな板を取り出す。鍋を火にかけて、炒める、焼く、煮る。

すると不思議なことに、身体が自然に揺れて踊りだしたくなるのだ。

鍋の中でくつくつと煮立つスープや、白くゆれる湯気のリズム。水を滴らせるレタスの先の、雫。東にある窓から見える空や、自転車で帰路につく中学生の制服。裏に住む子供たちの笑い声。
スマホで流している音楽だけじゃない。世界の全部がまざりあい、複雑で、だけど楽し気なリズムを生み出す。

そのリズムに乗せられて、次第に、身体が自然に踊りだす。

ダンスなんて習ったことないから、きっと人から見たら珍妙な踊りに違いない。手を振り、足を鳴らし、腰を揺らす。手に持ったお玉は、指揮棒かマイクか、あるいは魔法のステッキ。
誰もいないリビングダイニングキッチン。あと少ししたら父が帰ってきて、皆で夕食を囲むこの場所が、いまだけは私専用のステージだった。

伸びきった部屋着のシャツを着て、ろくに整えてもいない髪の毛で、化粧だってしていない。それでも、この時間が楽しくてたまらなくて、身体を好きなように動かす。

誰も見ていない、わたしのための、わたしだけのダンス。珍妙で、格好悪くて、傍から見たらピエロにしか映らないとしても。それでも、夕暮れ時のあの一瞬だけ、私は世界のスターになれるんだ。

  〇

時々、謙虚だという言葉を頂くことがある。あるいは、聡明だとか、大人だとか。でも、実際の私は全然そんなことがない。
例えば、人の嫌がることはしてはいけない、と子供に教える。事実、してはいけないなと思うし、私も人に優しくありたいと願っている。しかしそれはそれとして、他人に本当に意識があるかなんて、そんなこと分かりもしないじゃないかと、そう思う自分もいる。

法律や、あらゆる『普通』や『当たり前』が跋扈する現代社会だが、本当の意味で人間はとても自由だ。私は私の体しか動かせず、手で触れた物しか持ち上げられない。行った場所しか知らないし、会ったことがある人しか存在しない。

世界は、私のためだけにある。たとえそうだとしても、おかしくないんじゃないかって、ちいさい頃そう思っていた。まるで少し口の立つやっかいな小学生だ。揚げ足取りの、ひねくれもの。きっと哲学的にこういう思想にも名前が付いているのだろうが、調べると深みにはまりそうなので調べたことはない。

  〇

幼いころ、世界は私の思うままだった。私は間違いなく主人公だったし、そのことを疑った事もなかった。右手を上げたいと思えば右手は上がり、遊びに行きたいと思えば足は自然に走り出した。

それが心底難しくなったのは、果たしていつ頃からなんだろう。

授業中は机の前にいなくてはいけない。先生の話は集中して聴きましょう。手は膝の上。ひじはつかない。ノートの取り方は決まっていたし、計算式の途中だって決まっていた。靴下が白なら、ブラジャーも白。

私たちは本当は心底自由な筈なのに、右手を上げたいと思って上げることすら、驚くほど難しい。心の赴くままに身体を動かすことが、社会にとっては『悪』だし、『変』だった。

いつしか、私も変や悪を判断する側へ回っていた。だって、判断されるよりも、判断していた方が楽じゃないか。出る杭は、いつだって打たれるのだと、小学六年生の担任に「もっと綺麗に字を書きなさい」と些細なことで叱られながらそう思った。私の字は綺麗じゃないけど汚くもないし、もっと汚い子だっていたのに、あの先生はいつだって私を悪に仕立てたがっていた。

  〇

時々、謙虚や聡明だといった言葉を頂く。あまりにも過ぎた評価だ。本当の私は、いつだって静かに座っていることが嫌で嫌で仕方ない。心を宙へ飛ばして、地上30メートルあたりを旋回しては面白いものを探している。取り繕うのが、多少うまいだけ。

本当は、踊りたいのだ。

珍妙で、奇妙で、人からしたら笑っちゃうくらい不器用なダンスだったとしても。私はそれが凄く楽しいし、わくわくするし、気持ちがいい。

いつだって、人の顔色を窺っている気がする。でもきっと、だれも窺われていると思っていないし、私自身そんな配慮の行き届いた人間ではない。中途半端で、でも結局身体を少しも動かせられずにいる。

右手を上げたくても、上げられない。足を踏み出したくとも、歩き方が分からない。

いつから、身体はこんなに不自由になってしまったのだろう。いつから、心はそんなに縮こまってしまったのだろう。

  〇

キッチンに一人で立つと、身体は自然と動き出す。手にしたお玉は指揮棒かマイクか、あるいは魔法のステッキか。

あの場所だけは、いつだって私の独壇場だ。

もし許されるならば、文章の中でだって、私は自由に踊りたい。
手を振り、足を鳴らし、腰を揺らし。全身で、生きている楽しみと、おかしみと、哀しみと、言葉にできぬ心の描写の、その全てを書き写してしまいたい。

誰かに珍妙だと笑われようと、目障りだと眉をひそめられようと、好きにしたい。だって、これは私の体で、世界は私のものじゃないか。

そうでしょう。

  〇

ここは私の独壇場。
文章の中だけは、誰にも邪魔されない。
だけど一番の邪魔者は、私自身だ。

人を悪だと、変だと、そう判断したがる、私自身。

廊下に人の気配がした瞬間、踊るのを辞めてしまう私自身。
些細なことで私を叱る、心の中に住んでいるあの先生。

全部全部まとめて、愛してやれる日が来るだろうか。踊る自分も、それに顔をしかめる自分も、評価を気にする自分も、人の目にどう映るのか知りたがる自分も。
あまりに人間らしくて、笑っちゃうくらいださくて、格好悪い。
そんな私を、いつか愛せる日が来るだろうか。全部まとめて、毛布にくるんで、愛でてやれる日が。

  〇

ここは私の独壇場。
観客がゼロだからこそ、自由に踊れる。
だけど本当は、見てほしいよ。私が楽し気に踊る姿を。
それで、できれば一緒に踊りたい。身体をリズムに任せることは、こんなに楽しいことなんだ。

右手を上げようと思えば、右手は上がる。遊びに行きたければ、足は勝手に歩き出す。

心と体の回線を、何度だって結びなおして。
今日もひとり、キッチンで踊る。

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