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箱の中にいる

「お届け物でーす。」
「わあ、大きな箱。」

 私とタロウちゃんの愛の巣に届けられたのは、人が余裕で入れるんじゃないかってくらい大きなダンボール箱だった。
 私が玄関から顔を出すと宅配便のお兄さんは台車に載せたその箱の横で笑顔でお辞儀をした。よくエレベーターに乗れたなと思う。
 私は受け取りのサインをしてから、箱を見て聞く。

「私ひとりで持てるかな?」
「そんなに重くないですよ。」

 お兄さんがそう言うので試しに箱を持ってみる。
 ほんとだ、全然軽い。
 中に何が入ってるんだろう。
 何も入ってなかったりして?
 でもそしたら箱だけ配達されたってことになっちゃうか。
 箱を運ぶ。なんちゃって。

 
 きっとタロウちゃん宛ての荷物だよね?
 私は箱を家の中に入れて観察する。
 箱の外には何の箱なのかを示すものは何も書かれていない。ただの無地のダンボール箱だ。
 宅配便の伝票に送り主のことも書いていない。いい加減だなあ。
 そんな正体不明のダンボール箱が、あろうことか私たちの愛の巣の半分を占有してしまっていた。

「勝手に開けたらダメだよねえ……。」

 箱を振ってみても全然音がしないし、本当に本当に箱の中は空なのではないかという疑惑がある。

「タロウちゃん、はやく帰ってこないかな?」

 ちょっと用事って言って出かけたっきり。
 今日はせっかくの休みの日なのになー。
 部屋に愛しの私とこんな大きなダンボール箱を残して、どこで何をしているのやら。
 私は箱を無言で眺めて決めた。
 
「ええい。開けちゃえ!」

 すぐ帰ってこないタロウちゃんが悪いんだから。
 いったい中身は何だろう?
 もしかしたら私へのプレゼントかも。
 軽いからワタで出来たぬいぐるみ?
 それとも箱はフェイクで、中身は小さなアクセサリーとか?
 私はわくわくしながら箱を開けたけど、箱の中には何も入っていなかった。紙切れ一枚すら入ってない。
 本当に空っぽ。

「……やっぱり空じゃん。」

 もういったい何なの!?
 箱だけ届くなんてことある?
 送り主が中身を入れ忘れたとか?
 でも、こんなに大きな箱がこんなに軽かったら普通気付くでしょ!?

「もう、わけわかんないよ。」

 私はがっかりしてダンボール箱の横に寝転がった。
 こうして自分の体を横に並べてみると箱の大きさがよくわかる。

「そうだ。この箱の中に入ってタロウちゃんが帰ってきたらビックリさせちゃお。」

 私に変な期待をさせた仕返しだ。驚かせてやろう。
 私は箱の中に入って、かがんで、外から見えないように頭の上で蓋を閉じた。よし、バッチリ。
 暗い箱の中で身を縮めて、じっと外の様子をうかがう。
 タロウちゃん、いつ帰ってくるんだろう?
 そういえば、スマホは箱の外に置いたままだ。
 タロウちゃんにいつ帰ってくるか聞いておけばよかった。

「いったん外に出よう……。」
 
 小一時間くらい経ってもタロウちゃんが全然帰ってくる気配がないので、しびれを斬らした私は箱から出ることにした。
 しかし、箱の蓋を開けようとして上げた私の手は何にも触れることができず空を切る。

「あ、あれ?」
 
 この箱の中、こんなに広かったっけ?
 確かに大きな箱だったけど……。だからってこれだけ手を伸ばしても箱の壁に触れられないなんてことある?
 気付くと外から漏れていた光もない。真っ暗だ。
 私、箱の中に閉じ込められちゃった?
 どうやって出ればいいの!?

「タロウちゃん、助けて!」

 まだ部屋にタロウちゃんが帰ってきている様子はない。
 どうしよう!?

 その時、ガチャリとドアが開く音が外から聞こえてきた。
 タロウちゃんだ。タロウちゃんが帰ってきた!

「あいつ、留守か? どこいったんだ?」

 タロウちゃんの声だ!

「タロウちゃん! ここだよ! 箱を開けて!」

 私は必死で叫んだけど、私の声は箱の外のタロウちゃんには聞こえていないようだ。気付いている様子がない。

「タロウちゃん! タロウちゃん!」
 
 タロウちゃんの足音が近づいてくるのが聞こえる。

「お、届いてるじゃないか。箱。」
 
 そうだよ! 私はここだよ! 箱の中だよ!
 はやく箱を開けて!

「ずいぶん大きな箱だな。不要品、何でも引き取ります、なんて。この箱に入れて送り返せって話だけど。これなら本当に入りそうだな。」

 タロウちゃん!
 何を言ってるの!?
 はやく開けてよ! 私を救い出してよ!

「あれ? 箱、開かねえけど? それよりあいつ、どこ行ったんだろうな? スマホも置きっぱなしだし。」

 ええ? 開かないってどういうこと?
 タロウちゃん! 私はここだよ!
 愛しの彼女がここにいるの! はやく助けて!

「ったく、この箱にあいつを入れなきゃいけないっていうのに……。お? なんだ? 誰か来たみたいだ。——え? 荷物の引き取り? いや、中、まだ何も……いいって? ああ? いったい何なんだよ。」

 私が入った箱が部屋から運び出されていく。
 タロウちゃん、ちょっと待って!
 私を助けてよ!
 不要品なんて嘘だよね!?
 タロウちゃん!
 ねえ!?

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