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実は生まれる直前の記憶がある発達おじさんの話

いきなりですが、
「これこそがご縁だ」って
感じた事ってありますか?

発達おじさんです。
頭おかしいんちゃうか?と
思われるかも知れませんね。
頭おかしいんです。
今日も少し毛色の違うお話を。

我が家は浄土真宗ですが、
お経なんて1年に1回唱えれば良い方で
ほぼ無宗教に近い考えだと思っています。
でも、何故か前世やご縁、運など
いわゆる業はボク個人は本気で信じてます。
と言うのも、実は自分が生まれる直前の事
(誰かとのやり取り)を覚えていて、
それが全くその通りになっているからなんです。
あ、物凄くスピリチュアルで、
意味不明過ぎると思うので、
そう言うの嫌いな人は、
この辺で戻っておいた方が
身の為だと思います。

覚えている限りのやり取りを
文字化してみます。
あやふやな所もあるのですが、
可能な限り原文のままでいきます。

誰か「そろそろ、生まれ変わりの時間だぞ」
ボク「もうそんな時間になったのか?」
誰か「そうだ。
   それで、お前は2つから次の人生を選べ。
   1つは悲惨でお勧めしない。
   もう1つは障がいを持って生きる事になる」
ボク「どっちが楽しそうなんだい?」
誰か「後者の方は割と笑顔で生きてるようだ」
ボク「じゃあ、楽しそうな障がいある方にするよ」
誰か「あれだけ障がいを嫌がっていたお前が
   後者を選ぶのは、少し意外だな」
ボク「だって楽しいんだろ?」
誰か「後者の母親はちょっと厄介だぞ。
   それでも良いのか?
   母親だけなら前者の方が良いぞ」
ボク「それでも楽しかったら良いんだよ」

こんなやり取りでした。
お互いに顔が見えていた訳ではなく、
声と声のやり取りでした。

この記憶、物心ある頃からずっと覚えていて
母親にこんな事覚えてるよー、と言ったのですが
「そんなん有るはずないやん。
 そもそもあんた障がい者ちゃうし。
 お母さんが障がい者を産むはず無いやろ!」
と怒られた記憶があります。
因みに原文そのままです。
こんな感じなので、今両親とは
良い関係にありません。
その時の母の気持ちも痛いほど分かりますし
(昭和50年代の話ですから、障がい者と言えば
 身体障害か知的障害、精神障がいと言えば
 「精神分裂病」と呼ばれていた
 そんな時代でもありました。)
歳をとるごとに薄れていっていたのですが、
自分の発達障がいが分かってから暫くして、
鮮明に思い出したのです。
うん。自分で選んでたな、と。
それでも良いから生まれたいって
自分で選んでました。
そっちの方が楽しいんだ、と。

ちなみに、前世は何だったのかは知りませんが、
とにかく今世で全くモテないので、
前世では女遊びしまくったので(もしくはその逆)
今世では他者との上質な付き合いを
学ぶ為に生きているんだと
思春期からずっと言い聞かせています笑
きっと前世の課題の何かをクリアする為に
ボクは生まれてきているんだろうなと言うのは
心療内科の主治医からも言われたこともあり、
様々なハンディを持って生きているからこそ
そう信じたいボクがいます。

そして、今のボクを取り巻く人たちは
間違いなく前世で深いご縁があった方々。
最大の信頼を置けるけど
きっと前世から縁があって
「今世こそ、何かに気付いて
 前に進んでいくんだよ」
と言うメッセージの元に
出会ったんだろうなと思うと、
全ての方々に感謝しかありません。

ならば、ボクはボクらしくありながら
どうすればより良くあれるかを
考えれば良いだけのこと。
そうやっていけば
「だって楽しいんだろ?」は
実現するんだと思っています。

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