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「夢を仕事にする」のなら使い潰される前に使い倒せ

"半年22万円の収入提示?ディズニー運営が契約社員に「退職勧奨」か" と9/23文春オンライン。僕がキャリア科目を担当する大学ではこれ系の仕事を希望する学生さんもいらして、真剣に考えざるを得ない。

東京ディズニーランド・ディズニーシーは準社員+アルバイトは約18,000人、経営するオリエンタルランド社の正社員数は3,000人。ここで問題になっている契約社員とは、ミッキーとかを被るキャラクター、ダンサーなど、園内で人が表に出るサービスの主役だ。コロナで4ヶ月に渡り休園し、再開してもアトラクションしない限定営業。オリエンタルランドの資金力は日本企業トップレベルだが、2万人を遊ばせてしまう人件費負担はあっというまに転落させるだけの重さがある。アメリカなどでは即解雇&政府からの現金給付、という動きが速いけど、日本は法律的に正社員を動かせないので、調整は契約社員やアルバイトに集中せざるをえない。

文春のフル記事を読むと、東京ディズニーは、一部の契約社員には事前に特別な対応を伝えてた上で、それ以外の契約社員に示された選択肢が3つ:

・「出演者を継続する」〜2021年3月までの半年間で約22万円
・「窓口業務等を担当する準社員として再入社する」〜約66万円
・「9月末に退職する」〜80万円

金額は、「その説明会にはその金額の人だけが集められた」のかもしれず、重要なダンサーなどは以前から引き留めに動いているだろう。記事でのキャラクター役の30代女性の言葉:

「この収入では死ねと言われているようなもので、退職するしか道はない。私たちはディズニーが大好きで、子供の頃からここで働くのが夢でした。ゲスト(来場者)の笑顔を見ると辛いことも忘れてしまうから、この仕事を続けてきたのに」

有料版によれば、それまで月収20万円ほど、同僚の多くは腰など痛めており、急な呼び出しも多い。低賃金かつ肉体的に過酷な仕事だ。(そして書かれてなかったけど夏のカブリモノは暑いはず!)

「夢の国でやりがい搾取」的に締められ、1人の30代女性の物語として同情を誘って、ネット民とか文春読者とか好きそうな記事。ただ、その世界で働きたい、「夢を仕事にしたい」と願う若者にとって、嗚呼可哀想、で済まされない。仕事にまでしたい夢があること自体はすばらしいこと、ただし戦略的に行動できている限りは。キャリア教師として解説してみたい。

月収20万円の1年契約(※30代)

文春さんは(巧妙に)スルーしてるが、そもそもコロナ前でも、ディズニー契約社員は1年ごとの更新、上記30代の例でも月収20万円、年俸として200〜300万円レベルだ。入社時でキャラクター時給1200円、ダンサーが1300円ダンス教室の情報ではダンサー全体の相場で日給8000円とのことで、ディズニーの待遇は良い方だろう。

そして、もともと数カ月後には終わる契約。コロナ後の扱いが酷いとすれば、こっちだって十分に酷いともいえる。

2020年3月放映NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀 “夢の国”スペシャル 知られざる、魔法の秘密」では、カストーディアル(園内清掃)のアルバイト歴15年という32歳女性が登場する。担当清掃エリアを1日20往復し、1日15km、2万歩を歩きながら、ほうきを濡らして地面にキャラを描く。表彰3回、ディズ二ー全てのキャラを描くことが許された唯一の人。そんな松本悦子さんの来歴は共感を呼ぶ:

・小さい頃はの楽しみは家族で行く年に1度のディズニーランド
・中学に馴染めず、自分に自信も無く、保健室で過ごすことが多くて、共働きの母が仕事を休みディズニーランドに連れて行ってくれ、ミッキーに会った時にパワーを貰い、心から笑顔になれて、本当に夢の国だなと思った
・高校を卒業し、アルバイトとして往復4時間かけて通勤し、働き始める
・3年目、母に病気が見つかり、「あなたは好きなことを続けなさい」と言われ、スーパーキャストになれるように頑張ろうと決心した

番組最後で正社員に登用され、スガシカオが流れる感動エンディング。でも、これだけやって15年でようやく正社員、ともいえる。時給はそれまでにも上がっていそうだけど。

たとえばモデル業界も仕組みは同じ

ただ「夢の仕事」ではそれが普通。アメリカ株情報でフォロアー20万に迫る金融ツイッタラー、じっちゃま=広瀬隆雄さんが、アメリカのモデルエージェンシーの仕事を(国内の海外モデルさんナンパ法の一環として)紹介されており:

世界トップ級モデル・エージェンシーには、IMG(テニスの大坂なおみ・錦織圭などもここ), Elite(道端カレンさんの最初のデビューはここのコンテスト), Ford Models, Inc., DNA, NEXT, The Lions, Women 360, Wilhelminaなどがある。うちウィルヘルミナだけ株を上場しており:

IRページのANNUAL MEETING MATERIALS、p12の損益計算書にModel Costが明記されている。売上に対する事務所手数料は28%の計算。

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一連のツイートの通り、ここに所属するモデルは、世界各国のモデル事務所(マザー・エージェンシー)から推薦され審査通過してきた粒ぞろいだ。それでも年収平均272万円。(※ここから地元のマザーエージェンシーへの支払いが抜かれるかも?)。女性スーパーモデルは年で億円単位を稼ぐ、上位者が圧倒的に稼ぐ業界だから、大多数は全然稼げていないはず。

「夢の仕事」とは「やりがい搾取」で成り立っている業界。
使い潰される前に使い倒せ。

具体的に考えるべきは、

・自分の手元のリソースには何があるのか?
・おカネ=すなわち自由に活動できる時間がどれだけか?
・ゆえに、いつまでチャレンジできるか?
・その過程で何を得るのか?
・譲れない基準は何か?

等々。この過程で得たものは結果がどうであれ将来に活きるだろう。

ちなみにウィルヘルミナ社の正社員114名の待遇は、損益計算書の Salaries and service costから、一人あたり12万ドル。「使う側」のほうが平均的に待遇いいのも社会のルール。(広瀬さんからご丁寧にコメントいただいた通り、広告代理店など相手の営業マンが中心)

12万ドルとは一見高給だが、GoogleやFacebookの半分、家賃とか食費とか超高いNYなどが勤務地。『プラダを着た悪魔』的な世界なわけで、服にもお金かかりそう。世界トップ事務所での話だから、日本の事務所はもっと厳しいだろう。

「夢を仕事にする」リスク

ここで理解しておきたいのは、「夢を仕事にする」ことの危うさだ。

文春記事の30代女性は「子供の頃からここで働くのが夢・来場者の笑顔を見ると辛いことも忘れてしまうからこの仕事を続けてきた」と動機を語る。これは正社員昇格を実現したスーパースター松本さんと全く同じだ。経済分析としては、「1日1万円払ってでも来たい場所に、1万円もらって働けるなら、1日2万円分の価値がある」といえ、月収40万円相当の仕事、ということになる。地主の子息とか、ビットコイン売却益でZOOM株ワクチン株買ったとかなら、それでいいのだが。

それだけでは困る平均的日本人までもが、そう走りがちな状況を、今年の本だと『ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち』で書かれている:

著者は多摩大の学生キャリア支援職員の高部大問さん。1986生まれ、いわゆる「ゆとり世代」は翌1987年生まれ以降とされており、ちょうど新旧世代の価値観ギャップを肌感覚で理解している世代が、現場での実感と、豊富な書籍レビューを踏まえて書かれている。

21世紀、日本の学校教育は「ゆとり教育」だ、いや「脱ゆとり教育」だ、と落ち着かない。その中で一貫して大事にされてきたのが、「夢を追う」ということだった。それは旧世代(今の40代以上とか)の善意であり、また、旧世代側の教える側にとっての希望=自分自身の夢でもあったと思う。

しかし、「生存者バイアス」というものがあり、夢を叶えた成功者の話は大量に出回る。1人の成功話が何度も繰り返し使われがちだ。失敗例は埋もれていく。「そういう例もある」という1情報として客観視できるのならよいのだが、理想形であるかのように扱われて、もっと地味に生きたほうが幸せな人たちにまで、変な圧をかけてしまう。

この「夢をあおられるリスク」は教育社会学の分野では以前から指摘されていて、「やりがい搾取」は2007年頃に東大の本田由紀教授などが著書に書かれてる。僕は2012年に法政大学院の児美川孝一郎教授の講義で知った。

"「努力すれば夢はかなう」というのはある種の迷信だと、みんなどこかで気づいているはずなのに、夢がかなえられなかったときにどうすべきかについて、誰も言及しようとしない。こんな無責任な社会の中で、周囲の理想論に惑わされずに人生設計をする方法とは? "

という2016年刊『夢があふれる社会に希望はあるか』も良書で、『ドリーム・ハラスメント』での重要な先行研究にもなっている。

「取り替え可能性」

もう1つ理解すべき危険性は、取り替えられる可能性だ。園内サービスの主役ではあるが、同時に主な「材料」とすらいえる。故瀧本哲史さんが提唱された「コモディティ」という存在。

これはディズニー契約社員の場合、ダンサーか、キャラクターか、で大きく違う。どちらも法的には同じ立場、同じく低賃金スタートではある。ただダンサーは、自分の顔と身体を出した「個人」が本質。キャラクターはあくまでもディズニー社が著作権を保有するキャラクターを動かす「匿名性」が本質。

もちろんダンサーも、はじめは取り替え可能性は高い。競争率100倍、はじめは十把一絡げな役回り、「代わりはいくらでもいる」状態だろう。でも上にいくほど違いは歴然、待遇も変わるはずだし、次へのステップにもなる。そのチャンスを得るために投資として低賃金を選択した、ともいえる。

実際、ディズニーを足場に、辞めて活躍してる人も多いはずで、先週「情熱大陸」は振り付け師の辻本知彦氏

キャリア開始は、20歳でパレードダンサーとして採用されたことから。3年後には大手事務所のミュージカルに参加している。彼ならきっと次の仕事のアイデアも温めていて、今回でも「ラッキー!」くらいに退職金さっさと受け取って次に行くのではないだろうか?

こういう人はディズニー側も特別待遇で引き止める、もしくは、復帰を約束してることだろう。

こうしたアップサイドが限られているのがキャラクター業務。まあ、ミッキーマウスを誰よりもミッキーらしく演じられる人はたぶんいて、裏方を極めるのは尊い仕事だし、ディズニーも引き止めてはいるだろうけど。(この点で「ふなっしー」は、似て非なるものだな。体力いらない、独自の権利はある)

匿名性の高い仕事でも、やりたい人が少なければ需給関係により給料は上がるが、「夢の仕事」なら賃金低下圧力だけが強い。

対策:プロティアンキャリア

どうすればいいのか?

成毛眞さんは、「最初に来たチャンスに考えもなく即飛びつく!」と経験を踏まえてFacebookに書かれてる。別のところでは、「自分の運を試さずに死んではいけない」とも。

ただ、チャンスとは、準備を続けてきた人にしか訪れないもの。アンテナを立て続け、チャンスと気付いて、つかんで離さずにいられるだけのマインドとスキルとが必要。

そこで、僕の大学院の師である田中研之輔教授が再提唱するプロティアン=変化し続けるキャリア観の出番。

こちら「アスリートのキャリア形成」をテーマにしたインタビューだけど、構造はこちらも同じだ。自分のキャリアを3つ考える。

①アスリートとしてのキャリアビジョン
②セカンドキャリア
③デュアルキャリア
これだけで3つになる。①はアスリート以外にもありうるはず。それを具体的に戦略や計画として考えること。

大前提は、キャリアを組織に依存しないこと。「ディズニーのキャラクターだけ」も組織依存の典型例だ。「ディズニーのキャスト経験を将来にどう活かすか」の戦略次第で、同じ経験の価値は全く変わる。

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(図:一般社団法人プロティアン・キャリア協会中村美咲さんツイッター

本は『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』
田中研之輔 2019日経BP

こうした戦略策定は、いきなりできるものではなく、まずは目の前のことに取り組み、小さな成功体験を積み重ねていくことで、だんだんと質を上げていける。夢からの逆算よりもまずは加算。

そうしているうちに、難しい目標がうまれてきたら、
・実現している人を探し
・相談し(複数確保して客観的に)
・そういう人間が集まる環境を作り
と、ようするに行動を強く、大きくしてゆく。

その先に、成毛さんの言われるようなチャンスが現れるかもしれない。その時に捕まえられるどうかは、運にもよるだろう。その「運を試すことなく、一生を終えてはいけない」と思うし、結果がダメでも、その過程で得たものは次の行動への「資産」として残る。それがプロティアン・キャリアの考え方だ。

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ちなみに道端カレンさんがデビューしたきっかけの世界的モデルコンテスト「Look of the year」。スーパーモデル発掘のための新人モデルの登竜門、1994年大会で日本代表でイビサ島へ派遣されたのがデビュー。当時15歳、福井県の中学3年生の夏休みのこと。

1994年の動画

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スガシカオ大好き。2019年のアルバムタイトル&1曲め『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』😁

その次、「遠い夜明け」はグっとくる名曲なんだけど、これを最後でなく2曲目、そして最後は私小説な地味な曲、という構成はスガシカオにしかできない。

彼のデビューに至る経緯、その後、とキャリア論としてもおもしろい。

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ところでこのnoteからマウスをApple純正マジックマウスからロジクール最高峰MX Master3のMac向けに変更。すごい。電動Dura-aceみたいにシュパンシュパン決まる操作感覚。Duraは全部で30万円、こっちは1万!


サポートいただけた金額は、基本Amazonポイントに替え、何かおもろしろいものを購入して紹介していきたいとおもいます