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筋肉を落とさない

トランプ大統領が非常事態宣言をしてから4週間。私が住むニューヨーク市では Stay-At-Home order (外出自粛令)が浸透し、毎日チェックする3大ネットワークの1つ、NBCのモーニングニュースショー"Today"は各アンカーが自宅からコメントするようになった。私が担当する番組も3週間前から会議や打ち合わせはWebツールを使った遠隔制作だ。


今はまだ不便と感じているこの遠隔作業が慣れてくると危険だ。根がぐうたらな私は特に危ない。やろうと思えばダイニングテーブルの上のトーストにかじりついた直後でも口元をナプキンでさっと拭うだけで会議に出られるし、パジャマのままで、なんなら朝のシャワーも浴びずに一日中、台本を書くことも平気になってしまう(と思う)。だから朝起きたときのルーティーンになった検温をしながらマントラをつぶやく。「筋肉を落とさない、筋肉を落とさない、筋肉を落とさない」。


以前アメリカの女性エグゼクティブのインタビュー番組をプロデュースしたことがある。年に1回の特別番組で3年間で6人の大企業のCEOや幹部らを取材した。そのうち5人が出産を経験していた。彼女たちが出産と子育てをしながらキャリアを積み上げてきた過程の中には夫などパートナーの協力も大きな要因の1つだが、妊娠中に大きなお腹を抱えながら取材のためにヘリコプターに乗り込んだ経験のあるABCネットワークの国際担当主席記者のマーサ・ラダッツ氏は彼女にとって仕事は自分が人間として成長するために続けてることだと言う。もちろん育休をとったエグゼクティブもいる。取材した当時、ナイキ Inc. で商品 & 商品化計画 社長をしていたジーン・ジャクソン氏はナイキ Inc.に移る前、幼かった2人の子どもとの時間を増やすためにそれまで働いていた大企業を辞めて7年間のブレークを取った。人それぞれ必要であればキャリアから離れる選択をしても全然構わない、と彼女は言った。ただ、大事なのはどんなに細くても社会とのつながりを断たないこと。なぜならば "It just makes sure your muscles don’t get tired"。その言葉がずっと私の中に残っている。働く筋肉を衰えさせてはいけないのだ。


新型コロナウィルスの感染拡大による非常事態が収束しても私たちの生活と意識は以前と同じには戻らないだろう。それでも怠惰になっていては次のステップは踏めない。これまでと同じように朝シャワーを浴び、外に出ることはできなくても着替えをする。企画を考え、台本を書く。移動時間が浮いた分は体幹トレーニングとヨガの時間に回し、仕事が終わると友だちとのバーチャルディナーのためにZoomにサインインする。あー、なんか星新一の世界に生きているみたい。

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