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『虎に翼』を見て、曽祖父に思いを馳せる

私のまわりは今、NHK朝の連続ドラマ『虎に翼』に沸いている。

平日の9時にもなれば、いつもお世話になっているクライアントのあの人も、仲良しのカメラマンのあの子も、前の会社の隣の部署だったあの人も、SNSで伊藤沙莉演じる寅子や彼女を取り巻く人々に喝采、激励、共感の声をあげている。

かくいう私もNHKオンデマンドで毎日その日のストーリーが配信されるのを楽しみにランチタイムを待ち、あれやこれやと言いながら短すぎる15分を大いに満喫している。ここでは、本作を見て私が感じたことを少し書き留めておこうと思う。

まず、ほとんどの朝ドラが「女の話」なのに、女性の権利についてど真ん中に扱われるのは初めてなのではないだろうか?ということ。サブテーマとしての取り扱いや個人の体験に帰結せず、男性社会において女性の声がかき消されてきてしまった構造を真正面から描き、ヒロインは怒りの声を上げる。もともと傾いている天秤をなんとか平等に戻そうとする過程で生まれる奮闘は、今まで朝ドラでは大きく取り上げられてこなかったと思う。

私はとある広告を思い出した。世界的な広告フェスティバルの一つ「カンヌライオンズ」のデザイン部門で金賞を受賞したものだ。

モノクロ写真の中心に写るのは、男性たち。だが広告主の「スタビロ」は、彼らの脇にいる女性たちを黄色の蛍光ペンでマークをした。「注目してほしいのはこっち!」と言わんばかりに。

女性であるがゆえに正当な評価を受けることがなかった彼女たちは、確かにそれぞれの仕事を牽引した中心人物なのだが、こうした事実は「あえて描く」「あえて目立つようにマークをする」ことをしないと伝わりにくい。そんな風潮も変わっていっては欲しいけれど、その「あえて描く」を、老若男女が習慣的に見る可能性の高い朝ドラでやっているというのが大切なんだと思う。

最初にも述べたように、令和を生きる私たちがいまだに「共感できる」ほどには、こうした課題が完全には過去のものにはなっていないということも忘れてはならない。『虎に翼』では名前のつけられた役以外にも、ちょっとした画面の端に登場する女の子たちの描写が細かくて良いと評判だが、実際に寅子の親友・花江と兄・直道の結婚式での寅子の歌唱シーンに注目してみると、こんな描写があった。

宴会中に歌に合わせて立ち上がって盛り上がり、踊るのは、見る限りおそらく全員男性。女性たちはスンと、それを見守る。その中で「自分も」と立ち上がろうとした少女と少年がいたが、少女だけが母親に諌められていた。これは「あえて描いた」ものだと私は受け取っている。

「いいから、あなたは黙っていなさい。大人しくしていなさい。女の子なのだから。」台詞にはない声が聞こえる気がした。

もしかしたら男の子たちにとってはあまりピンとこない話なのかもしれないし(もちろんすべての女性に体感としてわかる話でもないだろう)、男の子には男の子だからという理由で課せられる大変なものがある。しかしこの、女の子が自分のやりたいことを思いついて、行動を起こそうとするときに、そのみなぎる好奇心の炎を「女の子だから」という理由でふっと消されてしまうような一瞬が、あまりにもさり気なく描かれていて、ハッとしたのだ。

朝ドラを見ていて、もうひとつ思い出したことがある。それは会ったことのない曾祖父の言葉についてだった。

祖父は祖父の父、つまり私の曽祖父から「記者になるのであれば、社会正義を大切に」と言われたと聞く。どういうことが言いたかったのか、若くして亡くなった曽祖父の本意を確かめることはできないが、私は、社会正義とは「法の下の平等」とされてはいるけれど、蓋を開けてみれば実際には公正な扱いをされていない存在について忘れず、考え、蛍光ペンでマーカーを引き続けるようなことなんじゃないかと解釈している。

弱く名もなき人を見つめ、掻き消された声を聞く。そういう仕事をしなさいと、言いたかったんじゃないかな、なんて思いを馳せる。そう、ちょうど今やっている朝ドラの、寅子みたいな仕事を。

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