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私が「黒い雨」の再検証検討会に対して興味を示せない理由

 2020年11月16日、厚生労働省は「黒い雨」の援護対象区域を見直すための有識者検討会を開きました。そして、私はこの検討会についてかなり冷めた目で見ています。「広島―原爆」をまなざす者として黒い雨訴訟については注目してきたし、個人的にも黒い雨地域の拡大を望んでいます。今回は、この検討会がどのようなものか整理してみたうえで、タイトルにも記したように、私が醒めた目で見てしまう理由について記していきます。

■「黒い雨訴訟」とは?

 まず、「黒い雨訴訟」とはどのようなものでしょうか。これについては以前記事にまとめたものがあるので紹介します。ぜひご一読下さい。

 多くは割愛しますが、上の記事で解説している通り、「黒い雨」を浴びたけれども「被爆者」として認められていない人が、「被爆者」としての認定を目指して訴えを起こしています。2020年7月の広島地裁判決では原告は勝訴しましたが、これに対して厚生労働省は以前までの類似の裁判の判例と異なっており、科学的な根拠もないことから原告である広島県・広島市に控訴を指示しました。そして、その引き換えのような形で約束したのが、「黒い雨地域の拡大も視野に入れた検討」の実施でした。今回行われた検討会はそれを実行したものと言えるでしょう。

■検討会とはどのようなものか

 今回の検討会はどのようなものだったのか、一言で言ってしまうと、「今後どのように検討を進めていくかを確認する会」です。初会合なので、今後の方針の確認を行う、というのは自然な流れとも捉えることができます。ではその中で確認された「今後の流れ」について、もう少し詳しく見ていきましょう。

 まず、大きな検証課題として設定されているのが以下2点です。
  ・原爆由来の放射性物質を確認する課題
  ・健康影響が生じているか確認する課題

 この検証のために、さらに5つの具体的な検証課題が示されています。

①気象シミュレーション
②地域の土壌調査
③原爆投下時の気象状況などに関する文献調査
④広島赤十字・原爆病院におけるカルテ調査
⑤相談支援事業者の疾患罹患状況の統計解析、アンケート調査

 検討会の大きな進め方としては、今後具体的な科学的検証を行うワーキンググループを設置、そこから上がってきた報告を検討会にて集約していく、ということになっています。

検討会すすめ方

 今回の検討会において、実働部隊となるのはワーキンググループとなります。ワーキンググループは上に記した5つの検証課題についてそれぞれ立ち上げられ、入札によって選ばれた研究グループや民間機関が科学的検証を行う見込みです。

 以上が今確認できる「これからの流れ」です。ここからは、私がなぜこの動きを冷めた目で見ているのか、その理由を記していきます。

■検討会の課題 ~「被爆者援護」までの”遠さ”~

 今回の検討会は「被爆者援護」に繋がるものなのか、疑問です。以前の記事でも紹介したように、原告側(黒い雨を浴びた人達)、広島県、広島市が被爆者援護のために国に求めていたのは「政治的判断」であり、「科学的検証」ではありません。にもかかわらず国が進めているのは科学的検証のみで、これでは平行線をたどるしかないのではないか、と思っています。

 被爆者援護についての「科学的検証」の難しさはこれまでの調査を通じて十分明らかになっています。科学的な検証を行っていくほどに「正しい降雨地域」の確定の困難が明らかになっていき、少なくとも今の基準は適切でないと認められたのが2020年7月29日の広島地裁判決でしょう。

 さらに言えば、「黒い雨を浴びたこと」が「被爆者の認定基準」として適切であるという科学的根拠も今や無くなっているのではないでしょうか。放射線被害の怖さは、それが”目に見えないもの”であることがあるということを今の私たちは知っています。

 もちろん今の基準として「黒い雨地域」というものが定められていることから、黒い雨地域拡大を争点に被爆者援護拡大の裁判も行われています。ただ、ここで争点が”科学的”でないとすることは、国側から見ると「科学的検証」の難しさを認めることとなり、結果として国が政治的判断を迫られるきっかけとなる恐れがある、ということなのでしょうか。結果として、未だに「黒い雨の降雨地域」を科学的検証によって「正しく確定させよう」と言っている。何かの茶番を見せられているようです。

■「政治的判断」という決断

 「黒い雨訴訟」というものを見てみると、一貫して国は「政治的判断」を求められ、それを「科学的根拠がない」ことを理由に拒否しているように見えます。

 ただ、私は「科学的でないこと」はそんなにも強く「政治的判断」を阻む壁となり得るのか、疑問を持ってもいます。そもそも「被爆者援護」というもの自体が一種の政治的判断のもとでできた制度であると認識しています。以前の記事でも紹介しましたが、今一度「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」の全文を見てみましょう。

(前略)
このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し、医療の給付、医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。
(中略)
国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する。

 「戦争」という暴力が”適切”に裁かれない状況下で起こった原爆被害について、加害責任などは置いておいて、ただそこに被害者がいることを直視したうえで、そこに手を差し伸べるために成立したのが被爆者援護という制度ではなかったでしょうか。そこに立ち返った時、対象者の高齢化が進む中で今国がしているのが「時間稼ぎ」とも言われる再検証なのは、残念に感じます。

<参考>
○厚生労働省HP
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14655.html
○OurPlanet-TV「『黒い雨』検討委員会始まる~5つの研究課題を公募へ」
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2527
他、新聞記事多数


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