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孤独のタクシー飯 ride.5 倉庫街のオアシス「マグロ卸のマグロ丼のお店」

38歳、2人の子供がいる。東京大学に11年間在籍した後、文筆家になるという夢を追い始めた。しかし、夢とは夢で稼ぐことではないと気付き、家族を養うためにタクシー運転手を始めた。

お客様にご乗車頂きながら辿り着いた街で、今日も、独り飯を食う。

……。

……。

土曜日はタクシーの利用者が少ない。思い切って道を覚えればいいではないかと開き直って、文京区を流してみた。

そんな中、東大の赤門の前を通り、白山通りへと降りていく。そして、千石の交差点を左折する。こんなところにお客さんがいるわけもないだろうと思っていたら手があがった。

どうやら早い時間に飲んでいた皆様が解散するところだったようだ。千石のあたりから池袋を経由して新宿へというご指示だったのだが、こちらは新人乗務員で、すぐには頭が整理できない。

春日通りに入って、池袋駅の北にある複雑怪奇な五叉路のところに出れば良いということがわかって一安心し、タクシーを走らせる。お客様は4名で、古くからの馴染みのようであった。

皆さんほろ酔い加減だったのか新人ドライバーのぼくにも気さくに話しかけてくれて、随分と和やかな雰囲気になった。

聞いてみると、さきほど飲んでいたお店は「重よし」さんというところで、元々山梨県の石和温泉で働いていた方が出しているのだそうだ。とても美味しいお店だというお話なので何かの機会に行ってみたい。

さて、さらに話を聞いてみると、乗ってきたお客様方は、石和温泉で飲食店を出しているとのこと。頂いた名刺によると、業態は居酒屋、カラオケとのことなので、地域密着のスナック店なのだろう。

建物に雰囲気があり、料理が凝っていて美味しいという情報を聞きながらもこのメンバーでカラオケを歌うときは何を選曲するべきかを考えていた。そう、もう行く気になっているのだ。

ぼくのライフワークの一つが「旅とサッカーの記事」を書くことなのである。甲州石和温泉に浸かった後、ヴァンフォーレ甲府の試合を観戦して帰ってくるなんて最高ではないか。

ああ、Hops And Herbsというクラフトビール屋さんで一杯飲んでくるのもいいし、ほうとうを食べて帰るのもいい。タクシーのお客様から繋がるサッカー旅が見つけられるなんて、この仕事を選んで本当に良かった。

近々石和温泉を訪れることを約束して、新宿駅でお客様を降ろす。もちろん、あずさ、かいじに乗ることはよくわかっているので、南口まで付けることが出来た。

なお当然のことながら、お客様の許可を取った上で書かせて頂いている。

『パストラール』
山梨県笛吹市春日居町国府241
このへん
最寄り駅や電話番号などはこちらから
現在は不定休のようなので開いているかどうかは事前にご確認ください。


さて、楽しい出会いはあったものの、この日は探しても探してもお客様がいない。コロナ騒動で人でも少ないし、三連休の中日である。こういう日はどこにいったらいいのやら、であった。

あまり労働をしていないので、お腹も空かなかったため、晩ご飯を食べることなく深い時間帯になってしまった。この時間になってしまったら、もう牛丼屋くらいしか開いていないなと諦めた時、山梨県を思い出した。

そういえば山梨県はマグロの消費量が日本一なのである。海無し県であり、海から距離が遠いことから、海産物の人気が非常に高いためだ。

マグロといえばあそこがあった……。

それは、東京の臨海地区を探索している時であった。晴海、豊洲、佃、月島、勝どき、有明などの地域は新しいマンションも多く、タクシーの利用客が期待できるのだ。

何気なくGoogleマップを覗き込むと、倉庫街の端っこに「マグロ丼」という文字が見えた。こんなところに飲食店があるはずがない。駅からは遠く、周囲には倉庫しかないエリアなのだ。

確か朝早くに開くはずだ。調べたら7時からであった。夜ご飯は諦めて、ひたすらに仕事をすることにした。新宿から六本木、六本木から麻布十番、麻布十番から渋谷、今度は渋谷の円山町から六本木。そして六本木から早稲田まで。なかなか辛い営業ではあったが、後半はそれなりにお客様を乗せることが出来た。

朝6時に大久保でお客さんを乗せて移動すると、その日の規定勤務時間はほとんど終わっていた。後は朝ご飯を食べて帰ろう。その前に寝よう……。

どこぞの公園の隣で車を止めて仮眠を取り、帰り道の途中にある晴海へと車を向けた。

地図を頼りに殺風景な倉庫街を進めていくと、少しわかりづらいが見つかった。

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中に入ると、驚くほどお洒落な空間であった。写真からは伝わらないのだが、爽やかな風が流れ込み、海水がチャプチャプと音を立てている。


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完全にピントをあわせそこなったけど眺めはこんな感じ。とても気持ちがいいところ。

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さて、肝心要のマグロ丼はどうなのか。

600円のリーズナブルなものもあったのだが、1200円のてんこ盛りまぐろ丼を注文することにした。

波の音を聞きながらしばし待つのだが、仕事の休憩時間とは思えないくらい優雅だ。アクセスが良いとは言いがたい場所にあるのだが、ドライブやサイクリングのついでに立ち寄る人が多いようで、お店はなかなか繁盛していた。

さて、マグロ丼。

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マグロがこれでもかというくらい乗っている。ただ、マグロは量が多ければいいものではない。美味しいマグロというものはとても高いのである。そして、仕入れを工夫してもそうそう安くなるものではないのだ。

マグロに関して言えば、良いものは高い、悪いものは安い。美味しくて安いものは赤字覚悟のキャンペーンなのである。というわけで、1200円のマグロ丼に多くを期待することは出来ないのだが、唯一の突破点が、マグロの卸問屋の直営店であることだ。

小売店を挟まない分、ランクが高いマグロが安く仕入れられている可能性がある。しかし、朝まで空腹に耐えて、良いロケーションに酔いしれた上で食べたマグロ丼がいまいちだったらと思うとなかなか恐ろしい。

あれ……? よく見ると、わさびが本わさびだぞ。粉わさびじゃなくて本わさびだ。試しに少し箸先でつまんで口に含むと鮮烈な香りが喉を刺激した。

本わさびをわざわざ入れるようなお店に外れは少ない。これは期待していいはずだ!!

そう思って、えいやっとマグロにかぶりつく。若干筋張った部位ではあったが、心地良い歯触りと共につるりと喉を通っていく。鉄の香りがしない。つまり、血なまぐさくない。安いマグロだと本当に血の味がするし、そうでなくても多少は鉄の香りが漂うものなのだが、注意深く味わってもまったく感じられない。

ということは鮮度が良いのである。鮮度というと語弊があるのだが、マグロの場合は、沖合でマイナス80度のディープフリーザーで凍らせて運搬することが多いようだ。多いようだというのは、水産生物について大学院で研究していたことはあるのだが、マグロについてはあまり詳しくないからだ。マグロは、海産物の中でも別格であり、特別な存在なのである。

特段種名に断っていない場合は、大抵メバチマグロなのだが、クロマグロ(本マグロ、シビマグロ)、インドマグロ、キハダマグロ、ビンナガマグロなども刺身で食べる。ぼくが食べたのは恐らくメバチマグロなのだろうと思うが、切り身から判別することは素人には難しい。

さておき、マグロの鮮度がいいのである。冷凍マグロに鮮度なんかあるものかと思うかもしれないが、解凍方法やその後の保存などで随分と味が変わってくる。適当に解凍するとべしゃべしゃで血なまぐさいマグロになるし、お店によってそのマグロがそのまま出てくるのだ。恐ろしい話である。

要するに、マグロはうまかった。うんちくが走りすぎた。余程腹が減っていたのであろう。

恐らく食べたのは普通の赤身である。上級な部位ではないし、脂も乗っていない。それでも、マグロらしい旨味は随分と含まれていたし、鮮度がいいのでいくら食べても嫌な味が口内に残らない。

1200円で食べられるものとしては最高峰なのではないだろうか。食べても食べてもなくならないマグロをほおばりながらそんなことを考えた。

もしかしたら1900円のまぐろ尽くし丼を食べてみた方が良かったかもしれない。こちらは大トロ、中トロ、特上赤身の三種類が含まれているのだそうだ。こちらはあまり利益が出ないのでないだろうか。大トロは驚くほど高いからだ。特上赤身も食べてみたかったな……。

次は1900円のマグロ尽くし丼にしよう。そうは決めたが、朝まで食わずにいるのはもうごめんだ。やっぱり夜ご飯をちゃんと食べよう。そう誓ったのであった。

なお、このお店は、夜はラーメン屋さんになるとのこと。予約制のBBQコースもあるらしい。詳しくはHPをご参照のこと。

さて、次はどこで飯を食おうか。

マグロ卸のマグロ丼の店
7時ー14時
FISHERIES TERRAS
19時ー23時 火水定休

TEL.03-3533-0111
〒104-0055 東京都中央区豊海町3-13

ホームページ



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