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長月せんぱいのこと

長月(仮名)先輩は職場の先輩だ。
私より10歳年上のおねえさんだ。

はなしは遡り6年前、異動先でご対面する。
「はとくもちゃん、わたしも今日から営業2課なのよー。よろしくね」
すてきな笑顔で緊張のわたしに声をかけてくれた。

当時、無鉄砲(今もだ!)だったわたしは入社以来初めて自分の希望を出した。
「異動したい」と。
特別業務に不満があった訳ではなかったが、長く勤めるならば他所の部署も経験するべきだと思ったのが主な理由だ。
積極的な性質ではないのだから自分自身が「やろう!」と気持ちが固まった時が自分にとって「旬の時期」なのだ。

ヨーゼフ(仮名)課長は半年後、希望通りに異動辞令を取り付けてくれた。
異動に当たり人間関係のアドバイスをいくつか与えてくれた。
「神無月さんは頼ったらええよ。
 霜月さんは相手せんでええ。
 長月さんには気をつけろ。」

!?

「気をつけろ」とは…どういうことだ。
他の二人には具体的な対応法があるのに「気をつけろ」とは、一体どういうことだろう。
素直にとれば警告の意味なのだろう。
ヨーゼフ課長とわたしの関係は良好だ。信頼関係がある。
ヨーゼフは社内で「変人」に分類されているが、少なくともわたしは好ましく思っている。
自分一人が楽したり、ケチな保身に立ち回るインチキ人間ではなかったからだ。
助言はありがたく参考にすることにした。

ヨーゼフの助言とは別枠に長月先輩の印象は「要注意」に分類されていた。理由は、

● まわり、周囲の評価があんまりよくない
● 内線電話の印象『声がちょっと低いせいで不愛想に聞こえる』(すごい失礼な理由だ!)
● ちょい強引な業務態度(いろいろ経緯あるが、自身への実体験はなし)

「ちょい強引」な態度が最も大きいかもしれない。
入社直後、チームの大先輩(役職定年上がりの元管理職)に強引な業務依頼を吹っ掛けているのを目の当たりにしたからだ。
穏やかで妖精みたいな大先輩(50代男性)が大声で怒鳴り返していたのを見て「長月さん、やべーぞ。こわー。」っと周辺事情もそっちのけで無責任に思っていた。

そして異動初日だ。
緊張が頂点を極めた朝イチに「よろしくね!」と笑顔全開で話し掛けてくれた。
「はとくもちゃん、営業はじめてでしょう?分からないことは何でも周囲に聞いたらいいよ。
それから、前月までのサポート課ではありがとね。はとくもちゃん、早くて優しいからいつも頼っていたよ。」

!?

なんだって!?
まさかの応対に『長月先輩は二人いるんだろうか?パーマンの「コピーロボット」がいるんじゃないか?』と本気に引き出しを開けてみたくなった。
実際はひとりだった。

長月さんはそれはそれは本当によく働いていた。
年齢がわたしのプラス10であれば、40歳そこそこだった。
いわゆる中年…違う、キャリア・レディー世代であるのに本当によく動いていた。

就業スタート30分前には着席してメールのチェック、その日急ぎの案件は朝礼前には手を付けていた。
外線電話にもよく出ていた。
電話は課の新入りで若年の私が主に担当していたのだが、どうしても取れない時にはいつも無言で助けてくれていた。
わざわざ「(電話)取ったよ」とか野暮なことは一切言わなかった。
それからよく熱く議論をしていた。
わたしなら面倒で相手方に合わせて流してしまうような内容にも丁寧に向き合っていた。
男の後輩営業に仕事の振り方について注文をつけて、格上係長に要望を進言していた。
関連他部署の不満を課長に言い上げていた。

わたしなら「絶対の絶対にしない」面倒なことを丁寧に取り組んでいた。

ヨーゼフの言葉が再び蘇った。
『長月さんには気をつけろ』
なるほどね。
たしかに「気をつけろ」だ。
(男の)営業、係長、課長など長月さんからアプローチを受ける「側」から見れば本当に「面倒な人間」かもしれない。
現行の(男側)営業サイドでは支障なく流れる日常に「わざわざ」問題提起を持ち出すのだから。


結局わたしは営業部署とは合わず1年と数か月で他部署に放流された。


長月さんは「面倒」から逃げず立ち向かい続けた。
営業の男の子と係長と課長と他部署と気まずい空気になっても逃げずに戦っていた。
「面倒」から逃げて相手にあわせることを選んだわたしは「放流」された。

もちろん異動の理由はこんな簡単な事情だけではない。

本質は困難に立ち向かう「タフさ」なのだろう。
長月さんにあってわたしにないものは。


それから月日は流れて1年前の10月。
長月さんが結婚したことを人伝えに知った。
うれしかった。自分のことのようにうれしかった。
長月さんの優れた部分を「正しく」受け止めるひとが現れたのだと。

お酒の良さを教えてくれた長月さんにお祝いを選んだ。
お酒が超素人なので百貨店の店員さんにアドバイスをもらって選んだ。
美吉野醸造『百年杉』だ。
お味は飲んでいないからよく分からない。
魅かれたのは「ネーミング」と「外装」だ。
百年もずーっと、ずーっと幸せを願っている。
そして青く清らかなブルーのボトルに直感で「これや!」と閃いた。

贈り物は自分が受け取って「うれしい!」を選定基準にしている。
日常にはない「うれしい!」を贈るのだから幸せな「びっくり箱」を贈りたい。


そして2021年葉月の末日。
長月先輩は2年の休職になった。
お相手さんの仕事の都合でアメリカに渡ったのである。
現在はとくも所属部署のロッテンマイヤー(仮名)課長が言った。
「はとくも、どう思う?
 2年やで?
(育産休でもないのに)2年やで!
 戻って来たとき、自分の席、あると思うか?」

わたしはにっこり笑って答えた。
「そうですねぇ。
なくなってるかもしれませんねぇ。(あんたの席もな!)」


渡米直前に社内便で「かわいいお菓子詰め合わせ」と短いメッセージが届いた。
『はとくもちゃんへ。ダンナとアメリカ行ってきまーす!それまでお元気で。
 2年後、お互いによい報告しようね!』

そうだ。
人も世も酒も流れるし変化するんだよ。

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