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岡本真帆『水上バス浅草行き』を読んで


ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

 この歌集を買う前からこの歌を知っていた。松平盟子さんが高校生向けの講演会で紹介していたためだ。ほかにも、同作者の「ごらんよビールこれが夏だよ」の歌や寺井龍哉のつむじ風の歌なども紹介されていて、講演を聞いていた学生はかなり短歌に親近感を覚えたろう。(その時の高校生の大半が短歌には興味がなく集まっていた)
 さて、この歌だが、松平さんは流行ったと言っていた。Twitterで。(最近のTwitterは短歌が多く飛び交っていて見ていて面白い。)下の句をいろいろと変えてみんなが遊んでいたというが、はたして元の歌よりいい下の句が出てきたのか、私は見ていないから分からない。
 私が句集、歌集を買いに行くたびに目立つところに置いてあるので、五回目くらいに買った。帯には傘の歌があり、ついでにサイン本でもあった。(サインはもちろん傘の歌だった。)いったい何万部売れているのだろうと思い最後のページを見ると、第八刷までいっていて「2万部嬉しい。虹を出したい。」とコメントされていた。

 歌集の中身はとても平明で面白く読めた。1ページ二首で全部で320首くらい収録されている。表紙絵や挿絵がかわいらしい絵だが、短歌も同じようなイメージで、最新の歌人という感じが前面に出ていた。想像が膨らんでゆく(具体的にも抽象的にも)短歌に多く共感した。
 それでは、私が印をつけた歌を以下引用する。コメントがある場合はコメントも。

印をつけた歌

夢くらいうまく話がしたいのに分け入っても分け入っても向日葵
 →種田山頭火「分け入つても分け入つても青い山」を踏まえた歌だろう。岡本さんは俳句もやるのだろうか。

外に降る雪の様子はみてるからあなたは鍋の様子をみてて

3、2、1、ぱちんでぜんぶ忘れるよって今のは説明だから泣くなよ

無駄なことばかりしようよ自販機のボタン全部を同時押しとか

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

ていねいなくらしにすがりつくように、私は鍋に昆布を入れる

回送の電車の中でねむるときだけ行き着けるみずうみがある

手遅れで手に入らないものばかり育ちの良さも既婚の君も

黒髪に戻すと決めたきんいろを最後の風になびかせている

パチパチするアイス食べよういつか死ぬことも忘れてしまう夕暮れ
 →サーティワンアイスクリーム

帰りつつ家賃の歌をつくったら楽しくなって払い忘れた

ありえないくらい眩しく笑うから好きのかわりに夏だと言った
 →夏だ

コンビニにもうある花火この街の先端をゆく開夏前線

おばちゃんに取り囲まれて髪色をちやほやされる8時、脱衣所

平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ

天国と書かれた紙を引き当てて迷うことなくきみにあげたい

この街はどこも消毒済みだから手書きの誤字がとてもうれしい

整備士が滑走路から手を振ってきっと見えないけど振り返す

珈琲にたった一滴泥水が入ればそれは珈琲じゃなく

自動ドア開かないようにひらがなのくの字ですする煮干しラーメン

前をゆく知らない人が曲がりたい角の全てを曲がってしまう

美しい付箋を買った美しい付箋をまっすぐ貼れない私

宇宙から見たら同じだ真夜中の映画も冬の終わりのたき火も

思い出し笑いを思い出し笑うきみを真昼に思い出してる

電線がないところまで連れてって今度はきっと上手く飛ぶから

深すぎた午睡の果ては水底の音楽室のような静けさ

釣った犬に餌はやらない 言い間違いか聞き間違いか分からないまま

ほんとうの愛のことばをでたらめな花の言葉として贈るから

南極に宇宙に渋谷駅前にわたしはきみをひとりにしない
 →渋谷駅前が手柄

好きな服でお出かけをするガラスというガラスに背筋を伸ばして映る

うんまいときみが唸った うんまいの「ん」はおそらくバターの部分

間違えて犬の名で呼ぶ間違えて呼ばれたきみがわんと答える

おそろいの雪玉だったたいせつに守っていたら溶けてしまった

花束はパンのかわりになりますか辿って会いに来てくれますか

自分にも飼い慣らせない動物を抱きしめて寝るような孤独だ

二人きりになればどこでもキスをしたエレベーターは地下まで沈む

ほとんどもうセックスだった浮ついた気持ちでなぞりあうてのひらは
 →今まで見た「セックス」を使った歌の中では一番好き

性交渉なにを交渉するんだろう裸で触れるふたりで眠る

食べてみる?差し出したのがなんなのか確かめもせず君は頬張る

丸ノ内線が地上に出るときはみんなあかるい方を見ている

花言葉どころか花の名前すら知らないけれどもらってくれる?

教室じゃ地味で静かな山本の水切り石がまだ止まらない
 →一番最後の歌。うまい。

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