八月納涼歌舞伎

南座花形歌舞伎、初日おめでとうございます。

というわけで去る八月納涼歌舞伎の感想まとめを。

1.伽羅先代萩

 「幼い子供は殺されない」というドラマツルギーに慣れきった現代人のメンタルをいともたやすくぶった切る、古き良き封建時代あるあるストーリー。今だったら絶対「※鬱展開注意」とか書かれるやつ。
 しかしこの演目はその「鬱展開」こそが最大の見せ場なのである。「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋」のように、多くの大人たちが悼むわけではない。その衝撃を悲しみを、政岡はたった一人で受け止めなければならない。かつ、歌舞伎座の広い空間を、糸に乗せて、完全に支配しなくてはならない。
 という難役に今回挑んだ七之助丈。死せる我が子へ駆け寄っての激しい慟哭(クドキ)。完全にリアル寄り。型をなぞってはいるのだろうけど、リアルな感情を型に落とし込めていない感じ。でも七之助丈の慟哭の態、嘆き悲しむ声には、聞いてるこちらの胸をも裂くような「力」がある。それをうまく型に落とし込められれば、うまく糸に乗せることができれば、きっともっと凄いことになると思う。
 そんな今回の政岡は、例えるなら「素材や味付けや見た目は良いんだけど火加減がイマイチな卵料理」といったところだろうか。
 それにつけても、七之助丈がこういうお役(片外し)をやるとなると、つくづく惜しまれるのは大パパこと先代芝翫丈の不在。玉三郎丈は芝翫学校に行ってた筈だから指導の際はその辺りも汲んでるとは思うんだけど、やはり直に先代芝翫丈に教わってほしかったなあ。この後も七之助丈は政岡は勿論、重の井だってやる筈なんですよ、甥っ子達が大きくならないうちに。早ければ、あと3~4年以内(勘太郎丈が小学生のうち)には確実に。

 「主君を守って死ねよとて」教え育ててきて、その通りにした我が子を褒めてやりながらも涙が止まらない、忠臣と母親との間で揺れ動く感情。臨場感あふれる慟哭の激しさから伝わる、七之助丈の政岡の「若さ」。これに繋がる前半の飯炊きの場が良かった。むしろこっちの方が泣けた。何気ない非日常の、ささやかながらも幸せ(だったであろう)な時間。七之助丈は細面のクールビューティー系女方なので、一般的に母性を感じさせるようなイメージとは遠い筈なんだけど、母親役をやるとハズレがない。家事をしながら子供につられて歌っちゃうところ、ご飯が炊けるのが待ちきれなくてつい寄ってきてしまう千松の気配に気づくところ、同じく寄ってきた鶴千代の気配を千松と間違えて「まったく、しょうのない子ねえ」と言うように目を閉じて小さく嘆息するところ、本当にお母さん。
 特に千松との「実の親子」感が良かった。ご飯が炊けて、毒見(味見)をさせるために千松を呼ぶときの、捨て台詞のような小さく素っ気ない声。後ろを見なくても気配だけで我が子が来たのがわかる母親感。鶴千代の前ということもあってお仕事中の顔は崩さないし、千松も千松で主君を差し置いて殊更に甘えついたりはしないけど、しっかりと母子の絆が見えた。何なら千松懐妊中の政岡が腹帯を巻いた大きなお腹を愛し気にさすっている絵面さえ浮かんだ。七之助丈は何かの役を演じるにあたっては、芝居には出てこないその人物のバックボーンまで意識して演じるという。それが見えてくるような政岡だった。
 さて飯炊きそのものは、まず「お点前の作法で米を炊く」という趣向自体が(芝居上のギミックとわかっていても)「???」な米どころ民として、作法がどうこうよりも「そのやり方で果たし美味しくお米が炊けるのか?」という点が気になった。でも柄杓の扱い(鎌の上に乗せるところの手の動き)とかは仕種が綺麗で見入ってしまった。初役らしく、丁寧にやっているのかもたついてるのか判然としないところもあったけど、これは次回以降を見ての判断だな。

 千松はひたすら健気で真面目につとめていた。中の人の歌舞伎に対するストイックさをも感じさせるような千松というか。子役ならではの可愛さとかを前面に押し出す感じではないけど、雀の鳥籠を持って極まるところとか、要所要所を外さない。母を信じて、母の言いつけを守って、鶴千代を守って死ぬことすら恐れていないようにさえ見える。政岡はそういうふうに育てたことを喜ぶべきなんだけど、実際「でかしゃった」と喜んではいるんだけど、顔はボロボロに泣いてるわけで。
 千松がもっと小さい、それこそ鶴千代と同じくらいの頑是ない幼児だったらまた違う意味で泣けるわけだけど、今回の勘太郎丈は見た目もちょっとお兄さんだから、単純に母に言われるまま…というよりは、自分自身の意志を持って、足利家の忠臣として主君を守るために命を懸ける覚悟を完了させていたように見えた。鶴千代と一緒に大人になって、立派な家臣になったところを見てみたかったなあ。忠臣として、乳兄弟の兄貴分として、主君を助ける立派な男になっただろうなあ。

 ふくふくのお餅に目鼻がついて喋ってるような鶴千代。あの幼さでナチュラルボーンお殿様感出してるのすごくないですか? (政岡に褒められた)千松に対抗して「おれの方がつよい」って主張するの可愛い。でも雀が親に給仕して貰ってるのを見て素直に「はらがへった」って言っちゃうの可愛い。
 鶴千代の実の母親がどういう状況にあるのかわからないけど、鶴千代が政岡を本当の母親のように慕っているなら、ご飯の支度をする政岡の後ろにこっそり近づいたのは、政岡に(本当の子にするように)「これ!」と叱って欲しかったのもあるのかな。あれは所謂「てんどん」的な微笑ましい笑いを提供する趣向だとは思うけど、先に覗きに行って叱られた千松を見て羨ましく思った…とかだったら泣く。
 政岡と鶴千代については、「飯炊き」の直前にある「竹の間」で、主君暗殺の嫌疑をかけられた政岡を「悪者でもいい、政岡と一緒に居たい」と鶴千代が庇うところがクライマックスなので、今度は是非同じキャストで「竹の間」からやって欲しい。のりたんにこんなん言われたら、おじじ絶対泣いちゃうね。

 子供を殺すのに毒を仕込んだ菓子を用いる、というのは宮部みゆき女史の三島屋変調百物語シリーズ「あやかし草紙」収録の「だんまり姫」にもあったけど、残酷で切ない方法だよね。このお話ではお菓子を食べちゃうのはお世継ぎ自身で、お菓子を食べさせるのはその子の実の祖父(家臣)なんだけど、大好きな祖父に殺される恐怖と悲しさ、愛する孫をお家のために手に掛けなければいけない苦衷が描かれてる。千松が何を思ってお菓子を食べ、死ぬまでの間にどんな苦痛を味わったかは芝居には描かれないけど、このお話を読むとそれがちょっとわかる。かも。
 今回の「御殿」は女性しか出てこないので、「子供を殺すのに毒入り菓子を用いる」というえげつない行為をいともたやすく行うのもまた女性。栄御前と八汐。栄御前は一人だけ装束が時代がかってるけど、あの下げ髪は本来の正装で、政岡も片外しの笄を抜けばああなるらしいです。
 とりあえず扇雀丈はあの拵えがとても似合いますね。栄御前は八汐みたいにわかりやすく悪役ゥ!っていう感じではないエレガント系ヒールだから、演じる人によっては黒幕っぽく見えないこともあるけど、今回は大丈夫でした。例えるならそれこそ初期のファニー・ヴァレンタイン大統領。何なら背後にD4Cさえ見えそうな。
 八汐は女方がつとめる場合もあるけど、今回は弾正との二役ということで加役バージョン。いかにも「立役の加役です」というのを前面に押し出した低い声、極力紅を用いない恐ろし気な化粧、口をひん曲げる憎々し気な顔つき。あれは子供が見たら泣く。実際、七之助丈が幼い頃に鶴千代をつとめたとき、兄の千松を嬲り殺しにする仁左衛門丈の八汐が本気で怖かったという話もあるくらいだから、そういう意味では掴みは完璧でした。歌舞伎なのでそういう演出はないけど、頸動脈抉ったら血が噴き出るので、きっとあの場では八汐の白い着物も白い顔も、血飛沫に塗れていたでしょう。
 八汐は「竹の間」の場で計略により政岡を陥れようとするも、鶴千代や沖の井によって阻止され、いよいよ直接的な手段(毒殺および刃傷)に出るわけだけど、今回(というか殆どの場合)はその場面がないので、そこまでに至る経緯がよくわからない。だから見た目で分かりやすい悪人面にしてるのかな。あと、御殿の中で刃傷に及ぶ短慮さと言うか、「これいざとなったら栄御前にあっさり切り捨てられそう」という三下感もあるのかな。
 八汐にはお家騒動が持ち上がる前から、政岡と何らかの因縁があってほしい。昔、政岡と男を取り合って負けたとか(それが千松の父)、兄の弾正が政岡に言い寄って手酷く振られたとか、何なら八汐自身が政岡に振られたとか…それ以来可愛さ余って憎さ百倍、ずっと怨んでいたところを栄御前に利用されて…そりゃ千松を躊躇いなく嬲り殺しにするよね…みたいな過去エピはないですか、そうですか。

 ナイスアシスト沖の井は安定の児太郎丈。去年の七之助揚巻に対する白玉の好演を彷彿とさせる助演ぶり。歌舞伎座の売店で売ってた組上燈篭絵でも、刃を握って対峙する政岡と八汐の後ろで鶴千代を守るように抱き上げているのは沖の井なんだよね。彼女が活躍する「竹の間」はやはり今回と同じキャストでやるべき。小槙が証言に現れ、八汐の悪事が暴かれるシーンでの、沖の井の紫の着物と小槙の鶯色の着物の取り合わせがとても鮮やかで綺麗でした。
 男之助はほんとに一瞬なんだけど、その一瞬に込めました!的な渾身の大声がビリビリ響いてすごい。最初みっくんと聞いた時「えっ…男之助にしちゃ小さくない…?」と思ってほんとごめんなさいでした。いつのまにこんなに大きくなって…(※相手は既婚子持ちです)
 弾正。やはり幸四郎丈は美しいなあ、岡田嘉夫画伯の絵みたいだなあ。花道で薄らと開けた目に虹彩がなくて、それがとても妖しくて。まるでこの世のものではない、人間離れした存在のようだった。ぜひ「対決・刃傷」の場まで見たかったです、勝元は勘九郎丈で。それにしても弾正がカッコよければカッコいい程、着ぐるみネズミとのギャップが際立つね。しかしなぜ木曽義高といい、謀反だの転覆だの企む悪人の妖術はネズミがベースなんだろう。お岩様の祟りのネズミの悍ましさとはまた違うんだろうけど…

2.闇梅百物語

 最初に観たのがちょうど十年前のこんぴら歌舞伎のときで、筋書見たら当時の出演者がその通りのこと書いてて嬉しかった。
 お化け好きのお化け好きによるお化け好きのための演目。メインが幸四郎丈(妖怪ヲタ)なのも納得である。
 しかしせっかく歌舞伎座の広い舞台でやるならフルバージョンにするとか、せめて骸骨=読売の狐の人数増やすとかしてほしかったですけど…女骸骨・読売梅浦・女狐(こんぴら歌舞伎の時に扇雀丈がやったお役)で七之助丈出すとかさ…
 彌十郎丈の使い方が贅沢で良かった。大内義弘ってなんかお化け関連のエピあったっけ? と探したけど見つからず。河童は前にこんぴら歌舞伎で観た時よりもクオリティが高かった。傘は「シャベッタァァア!?」って感じだった。
 扇雀・虎之介父子競演、まともな虎ちゃんが見られるのは今月ここだけ!
 でもやっぱり一番は「踊る仁和寺」からの常磐津・長唄の掛け合いかな。腰元が角盥以て踊り出した時は感動した。
 鶴松丈はますます可愛くなっていくね。新悟丈は白梅以外にも何かやってほしかった(お化けを)。

3.東海道中膝栗毛

 映画でも何でもシリーズ物は四作目が限界と言われがちですが、確かに三作目の時点で相当迷走してた感のある弥次喜多シリーズ、打ち上げ花火でうまいこと有終の美を飾りました。
 それじゃあ今回の弥次喜多ファイナルに登場するイカれたメンバーを紹介するぜ!
 もはや説明不要!ベガスからあの世まで三千世界を駆け巡る我らが名コンビ・弥次郎兵衛と喜多八!
 出番は少ないがインパクトぶっちぎり!猿田彦神と娘義太夫円昇!
 魂のビジョンはカマキリ姿!スタンド使い兼火付盗賊改め方・鎌川霧蔵!
 この四年ですっかり大きくなりました!染松と團市!
 元ネタ知らん人は余裕で置いてくぜ!登喜和屋おかめ&天照大神!

 …という具合にやってるといつまでも終わらないくらいメンバーの多さ。えっこの一瞬のためだけに? 夏休み返上で? という感じの贅沢な使い方。しかしその一瞬のお役でも、ちゃんと使い方見せ方わかってるなあと思わせる辺りが、この四作目を最高傑作たらしめている。貝蔵とか、納涼歌舞伎における「至ってノーマルな役どころなんだけど地味に面白い」お父上の持ち味を感じさせたし、鷹之資丈の石松や鶴松丈のお蔦、新悟丈のお富(お吉)と隼人丈の与三郎(与兵衛)はいずれ本役でも見てみたいなって思わせる。「俳優祭でやれ」という厳しい声もあったようだけど、あんなクローズドな場所でやるようなものでもないんじゃないかなと思う。楽屋オチ含めて。

 というわけで以下箇条書きで。ほとんどお七ネタなのはお察しください。

・風珍と戸乱武は盛大に滑り倒してたけど、それも計算だったのだろうか。何れにしても「ネタにしても許される」相手であることを精査してやってるのはわかった。
・ついに開き直った昆虫ネタ。あのカマキリはどこかで有効活用されるのかな。
・虎之介丈が早くも納涼の洗礼を受けてしまった。いずれお父上のようにコメディリリーフもいける役者になるのでしょうか。
・夢オチということで信夫の里再興の設定もなくなったのかなと思ってたら、ちゃんと生きてた。あのちびっこ主従大好きだったから嬉しい。ありがとう奥の井。
・お七がエロい。お七がヤバい。鳥追い女というのは三味線を弾きながら歌って回る門付芸人で、時代劇では女隠密とかくノ一の定番の格好なんだけど、そのセオリーを押さえてくれるところからしてもう今年の弥次喜多には信頼しかない。ところで七之助丈はあの髪形が似合うね。
 最初出てきて様子を見て、そのままひょこひょこ後退する時のとぼけた表情と動きがお父上譲り。「男好きのする姐さん」と言われて嬉しそうに染五郎丈にしなだれかかるのやばみが強い。「年下に…」と弥次喜多がヒソヒソしてるのがまた良い。「皆の嫁」こと中村七之助、ついに一回り以上年下にも守備範囲を拡げました。玉手御前役とか!お待ちしてます!
 おかるといのしし。おかる<いのしし。そういえば七之助丈は亥年の年男だったね…
 三部ではとうとう見られなかった雪之丞スタイルの役者姿をまさか二部でやってくれるとは。女役者も大変エロくて良いですね。
 一座の役者、奇声を発してたお杉ちゃん(扇雀丈とこの部屋子ちゃん)とのやり取りが面白かった。お玉さんは次に出てきた時遺影だったんですけど、そういう不謹慎ギャグが許される土壌はもはや歌舞伎くらいしかないよね。せっかく「お杉お玉」という名前なので、三味線を弾きながら撥で投げ銭を受ける芸とかやるのかな、と思ったら特にそんなことはなかった。
 お三四かわいい。竹早の女学生みたい。一瞬しかない出番といい、その割にとんでもなくインパクトのある役どころといい、お父上の襲名の時の謹慎明けで出た野田版研辰の喜多さんを思い出したご見物は少なくあるまい。勘九郎丈の不在を逆にネタにしたの強いね。
 波乗りおたか。「波野」「隆行」を使いたいがために出てきた感。嫌いじゃないぜそういうの。それにしても七之助丈は悪婆スタイルが似合いすぎる。
 七化けお七、という名のキューティーハニー。名乗りからの口上が鮮やかで惚れる。「一部と三部にも出演しております」の言い方がホント好き。首抜きの中村屋の衣装は定番にしたらいいと思う。似合いすぎ。からの鎌川×お七。突然の鎌七。出の時に仲良く談笑してたから実は夫婦でしたオチとかあるのかな?と思いきや…そういうの大好きです本当にありがとうございます。鎌川には今後も諦めずアタックし続けていただきたい。
 

3.新版 雪之丞変化

 これまで見た納涼の中でぶっちぎりの問題作にして実験作。さっすが玉様!おれたちにできないことを平然とやってのけるッ!

・雪之丞の仇討はどう見ても剣術使ってませんでしたがそれは。>脇田「解せぬ」
・星三郎兄さんは昔は女方だったけど、諸事情で一座の立役(二枚目)がいなくなったから、女方から立役に転向したパターンと思われ。この辺り、勘三郎丈と混ざるようで混ざらないので、星三郎という役を理解する上で微妙な据わりの悪さがある。
・とは言え確かに言えるのは、星三郎は「玉三郎丈が後継と見なした女方」でないとやれないお役だということ。勘三郎丈の息子枠でも、勘九郎丈だと違和感が物凄いことになる。
・しかし完全に星雪星だと思ってたのにまさかの菊星だった。これには完全に度肝を抜かれた。てか、あの中で最年少の七之助丈が最年長の役やってるっていう…
・いろいろ言われてた演出方法。とりあえずリアタイで撮影してる映像を流すのは良いと思った。妙に社会風刺したり、鷺娘にお粗末なCG被せるのとかはあれだけど。


 令和最初の納涼歌舞伎は私が好きなパターンではなかったけれど、たくさん物議も醸したようだけれど、それもまた今後に繋がっていくのでしょう。


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