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鮮魚街道七里半[二巡目]#6

 -利根川から江戸川まで-
 江戸時代から明治初期、銚子で水揚げされた魚をなるべく早く江戸まで運ぶため、利根川と江戸川を陸路で繋いだ鮮魚街道(なまみち)をめぐる旅の二巡目。

 二〇二一年 五香→みのり台

 二〇二一年五月三一日(月)十一時三〇分。
 新京成線五香駅を降りる。生憎の曇り空である。この区間は駅を降りると目の前から鮮魚街道が始まる。だが、私の場合はこの五香に土地勘もあるし、とくに歩いていて面白くもない。と、いうワケで今回は鮮魚街道から少し外れても良しとするルールを発動した。こういう臨機応変な対応が傑作写真を生むと信じたい。

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 鮮魚街道の一本北側を平行する道を歩いてみた。
 「えんじゅ通り」という五香駅正面から西にまっすぐ伸びる道である。寂れてるようで寂れてない、なかなかクラシカルな「ひがし店舗商店街」を抜けて、最初は良い塩梅で五〇メートル程度の範囲内を鮮魚街道と平行して道は続いたが、まるで八月の波の早い海水浴場のようにあれよあれよと街道から離れてしまった。その距離が五〇〇メートルを超えた辺りでいよいよ堪忍して鮮魚街道に戻ることにした。もちろんジグザグに歩いて戻り、多少の抵抗は見せたが、長閑な住宅街のど真ん中だった。

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 なんとか鮮魚街道に戻ってきた。そして、一巡目のときには、敢えて通らなかった街道部分を今度はちゃんとトレースして歩いた。

 松戸の子和清水という養老伝説の名所辺りから八柱駅までの区間だ。前回はなぜ通らなかったかというと、サイクリングで何度も使ったことのある道路なので景色も知っていたし、ここの街道部分はパスしてその一本裏道を歩いたのだった。今回はちゃんと地図が示す通りの鮮魚街道を歩く。とは言うものの県道二八一号線、やっぱり面白みの無い道である。スーパーやホームセンターがあり、道路も交通量が多い。そのクセ駅から距離があるので人は歩いていない。すり鉢のようにスーパーとホームセンターに車が集まって、散ってゆくだけ。カメラのシャッターは切らずにとても長くてゆるやかな坂をただ下って上がったら八柱駅に着いてしまった。

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 まだ足に余裕があるので、今回はその次の、みのり台駅まで歩こうと思う。踏切を渡り線路沿いに歩いていると、前をフィリピン人の女の子2人が楽しそうに歩いていた。なにやらタカログ語でキャッキャしながら、狭い路地のほうに入っていった。私もその楽しげな雰囲気に誘われて後を着いてゆく。

 前回成し得なかった二巡目の課題。

 ・街道民との運命的な出会い♡

 をクリアするためだ。この路地を抜けるとどんな楽しいことが待っているのだろう…。

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 路地を抜けて武蔵野線の線路脇に出ると、見晴らしのいい空き地につながる。そこはただの違法駐輪ができる自転車置き場だった。彼女たちはそこに停めてある1台のチャリ(自転車)を2ケツ(2人乗り)して、尚も楽しげにどこかへ去っていってしまった。

にやけ顔の私を置き去りにして。

 気を取り直してみのり台駅までせっせと歩く。八柱駅からみのり台駅までは近い。鮮魚街道は北側を線路に沿ってトレースしているので、あっという間にみのり台駅に着いた。時間もまだあるので近くにある賑やかな青空スーパーを冷やかしに向かった。

 そう、今日は娘が幼稚園をお休みして、嫁と病院に行ってるので、オカンがデイサービスから帰ってくる一六時三〇分までに家に戻ればいい。時間はたっぷりとあるのだがオカンはまったく歩けないので、家に着いて誰もお迎えにいないと送ってくれた介護士さんが困ってしまう。
 絶対に遅刻はできない。だから、みのり台駅で今日のところはゴールとする。時計を見るとまだ十三時そこそこ、さっき通りかかった雰囲気の良さげな珈琲屋に入ってゆったりと疲れた足を労おう。そうしよう。

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 さほど撮れ高のない青空スーパーを後にして、私は一目散に駅前の喫茶店に向かう。日差しのよく入る明るい店内に先客はオババ2人のみだった。私は4人掛けテーブルにゆったりと座らせてもらう。サッとメニューに目を通し、ブレンド珈琲を注文しようと店員さんを呼ぶ。お冷とおしぼりをもらった時には、初見で緊張していたため気がつかなかったのだが、店員の女の子がとても美人だったのだ!正統派のお嬢さん。あの黙々と珈琲を淹れるダンディなマスターの娘さんなのだろうか、そうに違いない、そういうことにしておこう。

 しばらくすると常連のサラリーマンが「しゃっす!しゃっす!」と入店してきて、なにやら彼女と親しげに二言三言交わしていた。おいおい、お前よ、珈琲の味なんかビタイチ分からないくせに娘さん目当てで来店してるだろ!私はそれこそ親ピューマがハイエナから子供を守る時に威嚇するような目でサラリーマンを睨んだ。

シャーーーッ。

 居心地が良すぎるのだが、私のような上質な客は長居を良しとしない。サッと来てピュッと帰る。
サッと来てピュッ。
サッとピュッ。
サッピュッ。

 徐ろに伝票を取り、だらだらとスポニチを貪るサボリーマンに「これぞ良客よ!」と見せつけんばかりにレジに向かった。だが、せっかくクーラーの効いた店内からまた炎天下に放りだされた。

 腹が減った。

 以前から気になっていたこの近くのラーメン屋に行くことにした。そこはマンションの一階に店舗があって、入口には大きな白い暖簾が下がっている。そして、堂々とした文字で「中華そば」とあり、その横に大きく屋号が書かれていた。味は間違いないだろう。私ぐらいの中華そば喰い師になると暖簾のデザインで分かるのだ。1人だけ待ち客がいて、その後ろに並んだ。覗くと暗いカウンターのみの店内に客がびしっと座っている。いずれも作業着を着た強者揃い。カウンターを守る地元の常連勢といった感じだ。

 すぐに店内に入れた。入口に食券器があり、なんとなく、つけ麺推しのPOPが目についたが、初見なので迷わずにオーソドックスな「中華そば」を選んだ。

 失敗した。

 カウンターの客のほとんどがつけ麺を啜っていたからだ。まぁ、いい。つけ麺は次回にお預けだ。ここも店員のお嬢さんが美人だった。健気に働く娘さんに感動すらしたが、中華そばの味は普通だった。

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 たまたま2軒連続なのだが、みのり台は親娘でやってる店に当たる。しかも大抵娘さんは美人とくる。こりゃ三巡目にも寄りたくなるではないか。三巡目があるのなら。

 中華そばを食べて少し足が休まったので、この近所にある山田屋写真台紙という写真グッズメーカーに寄ろうと思う。Googleを頼りにぐるぐると店周辺を探したが、結局見つからずにみのり駅から離れてしまったため、松戸新田駅まで歩くことにした。

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 そういえば昔、みのり台駅のすぐ横に中古カメラ屋があったと思ったが、潰れてしまったのだろう。ショーウィンドウに所狭しとカメラが並べられていて、それはそれは壮観だった。だがもう無い。街はまるで人間の細胞のように生まれ変わっている。毎日同じような景色を見ているつもりが、いつの間にか別の街のように変化している。

 それは、ある日突然街から消えた船橋の巨大な人工スキードームSSAWS(ザウス)で痛感した。

 次はいよいよ二巡目のゴール、松戸まで。

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