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イメージセンサーのクリーニング[受取編]

 事務所に一本の電話が掛かってきた。電話の主はライカサービスの技術者だった。メンテナンスに出して8日目の金曜日にかかってきたのだが、受け取りは予約制で日時を指定しなくてはならない。土曜日の11時かそれ以降なら日曜日と月曜日はサービスの定休日なので、火曜日になるという。私は火曜日の13時30分に予約をした。
 別段使う予定もなかったはずだが、ライカM9の無い土日はなんだか心許ない。ノーパンで街を歩いている気分だ。なので久しぶりにSONYのα7を引っ張り出してライカMマウントアダプターを使い、MS-OPTICSのテッサー35㍉F2.8を装着して買い物に出かけたりした。


 当然写真は1枚も撮らなかった。まずコイツはシャッター音がバカでかいし、スイッチをオフにしていると撮るまでにもの凄く時間がかがる。スイッチオンからしばらくブラックアウト、その時点でこちらは何度もシャッターを押している。やがてファインダーが明るくなり、さっき連写したシャッターが時間差で切れてくる感じだ。当然もう構えていないので写真はブレていたりする。この一連の流れがもの凄くまどろっこしい。そうかといってスイッチをつねにオンにしているとバッテリーの持ちが鬼悪い。ふらりと横丁のタバコ屋に出かけるにもバッテリーを4個は持ち歩かないと不安なほどである。

 あのコンバットアーマー
 ダグラム以下の作戦行動時間なのだ。


 その点、M9は一日中撮り歩いてもバッテリーの使用量は1本でしかも20%は残る。私は予備バッテリーを計5本も持っているので、

 伝説巨神イデオンばりの無限パワーである。

 フルサイズのデジカメでスナップ撮影を楽しむなら、やはりコンパクトでシャッター音が小さく、作戦行動時間の長いM9が圧勝となるのだ。たとえ電源を入れっぱなしにしても電池切れの心配がないので、撮影中はいつもスイッチをオンにしてある。咄嗟の時にはシャッターボタンを軽く半押ししておけばすぐにシャッターが切れ、素早く反応できる。これとハイパーフォーカル(過焦点距離)の組み合わせで、どんなオートフォーカスのカメラより圧倒的に速く撮れるのだ。
 あの間抜けなシャッター音「シャカポッ!」もイキってる自分を制す効果があり、肩の力が抜けて素晴らしい。

写真を撮ることはいつでも常に僭越で、反抗的な行為である。
撮ることは尊大である、そして同時に滅多にないほどの謙遜を教えてくれる。

 ヴィム・ヴェンダース


とヴィムヴェンダースも言っている。心はいつも謙遜でなくてはならない。
 M9レスな心許ない一〇日間を経て、とうとう火曜日の受け取りの時間である。金額は予定通りの税込み6600円だった。つまり、とくに問題なくセンサークリーニングとメンテナンスだけで終わったということだ。
 本当は築地駅から銀座駅まで歩ける距離なのだが、昼休みの時間を利用しているので、歩かずに地下鉄で速やかに移動した。はやる気持ちを抑えきれない、そんな気持ちもあったのだろう。
 二度目の来店なので、今度はスマートにあの継ぎ目のないガラスドアを開けた。というのは真っ赤な嘘で本当はドアを押すのか引くのか迷ったが、なにも書いてないので押したら開いた。

 さぁさ、銀座の民たちよ!
 私があのライカに入る瞬間を刮目せよ!


 慣れた感じを装い、受付のゴルゴに軽く1センチほど会釈して、流れるようなスムーズさで階段を登る。ちなみにこの軽いステップはあぶない刑事のときの柴田恭兵の立ち回りを意識している。階段を登り切り踊場で軽くターンをしてから、新京成線の新津田沼駅ホームに昔あった立ち食いそば屋の弥生軒ばりに離れた受付カウンターに向かうとすでに先客がいた。おじいさんとお兄さんが狭い通路に並んでいる。
 おじいさんはアジア系外国人らしく一生懸命に英語でまくしたてている。どうやらアメリカで購入したズミクロンレンズの絞り羽根を絞ると歪むらしく、これを直せないのかと聞いているらしい。
 これ、おじいさんが絞り調節リングを握ってぐいっと力任せにレンズの脱着を繰り返してたんじゃないの。それでもなかなか壊れるなんてことはないんだけど。
 これを聞いておじさんの技術者の方がiPhoneで日本語を音声入力し、それを翻訳してスピーカーで流す。そして、おじいさんはまた同じ質問を繰り返すという延々ループの猪木vsマサ斉藤の巌流島みたいな流れになっていた。
 そこで、私の前に並んでるお兄さんが自ら通訳をかって出て、見事に技術者のひとの話しをおじいさんに解説していた。
 ようするに技術者は〝保証書があれば修理の受付はできるが、仕上がりは来年の2月になってしまう〟という。
 一方のじいさんは〝このレンズこんなに高かったのに壊れてもすぐにやってくれないのか〟と主張する。このやり取りのすれ違いだった。

 二人の問答の横で私はもう一人の技術者に案内されて、ホールにあるガラステーブルの上でM9の受け渡しをした。差し出されたM9はビニール袋に入って、まるで他人のような素振りを見せる。ビニールを剥がし、愛機を取り出して、スイッチを入れると、あのゆるゆるだったスイッチのフィーリングが私好みの重い感じにカチっと調節されていた。

 それだけでも6千円の価値はある。嬉しくなったのでお礼を言いすぐさま店を出た。歩きながら外してあったレンズを装着するとマウントのカムとフレームセレクトレバーもシャッキリとしていた。前はフレーム枠が微妙にズレてたので、自分で50mmのフレームを手動で直していたのだ。
 いや、これ、ちゃんとこの辺りまでバラして調節してくれたんだったら相当安いな。簡単な掃除だけだと思ったら、軍幹部まで開けて、外殻まで外してくれたんだろうか。
 嬉しさついでにいつもの中華そばを食べて帰ることにした。ワンタン麺大盛硬めである。

 ちょっと会社に戻る時間は押してしまったが、なーに社長にはBONGENの高い珈琲でもお土産に買って誤魔化せばいいだろう。

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