はたらくFUND 2022 Impact Report (3)

6.本ファンドにおけるインパクト測定・マネジメント(IMM)

(1)インパクト測定・マネジメント(IMM)とは
The Global Impact Investing Network(GIIN)は、2019年に、インパクト投資が信頼に足る市場として育っていくことを目指し、新たに参入しようとする投資家への期待または参加要件として、インパクト投資の「4つの中核的特徴」を以下の通り提示した[1]。
 
① ポジティブな社会的・環境的インパクトに意図をもって貢献する
② 投資設計において、エビデンスとインパクトデータを活用する
③ インパクトの創出状況(インパクト・パフォーマンス)を管理する
④ インパクト投資の成長に貢献する
 
インパクト投資を特徴付ける最大の要素は「意図」(①)だが、「意図」を達成するにはマネジメント(③)が必要である。近年、インパクト投資の実践が進むにつれ、事業活動の結果として生じた社会的・環境的インパクトを測定するだけでなく、測定・評価結果を事業の意思決定に活用し、事業活動改善のために継続的なマネジメントを行うことの重要性が認知されてきた。結果として、インパクト測定・マネジメント(IMM)という用語が生まれた。
IMMは、「 (事業者)自身の目的との整合性を保った上で、ネガティブな影響を軽減し、ポジティブな影響を最大化する方法を見出すこと」であり、事業上の活動が人や地球に与えるポジティブ・ネガティブな影響を特定・検討することを含む。基本ステップとしては、①インパクト・ゴールと期待値の設定、②戦略策定、③測定指標の決定、目標値の設定、④インパクト・パフォーマンスの管理の4つがある[2]。IMMは各ステップを一巡した後、得られた学びを次のサイクルに反映させる反復的、循環的なプロセスである[3]。

(2) 本ファンドにおけるIMMの目的
本ファンドは、インパクトスタートアップへの投資活動、投資先企業の事業活動を通じた社会課題解決、及びインパクト投資エコシステム構築への貢献を主たる目的として、IMMを実施している。
 
①本ファンドの投資活動を通じた社会課題の解決
本ファンドの投資活動を通じ、投資先候補となるインパクトスタートアップの発掘、投資、IPO支援等を実行し、社会課題解決に貢献し、本ファンドのToCである「多様な働き方・生き方の創造」を実現する。
②投資先企業の事業活動を通じた社会課題の解決
投資先企業の事業を通じて創出されるインパクトを可視化し、事業成長及びインパクト創出の支援・モニタリングを実行し、社会課題解決に貢献する。
③インパクト投資エコシステムの構築
SBI新生銀行グループ、SIIF及びみずほ銀行の連携によりインパクト投資活動を推進し、当該活動から得られる情報・経験・知識を、新たなインパクトの実証モデルとして、LP投資家及び投資先企業に還元する。そして、日本においてインパクト投資を普及・促進し、エコシステムを構築する。

(3) 本ファンドのToC実現のためのIMMプロセス
本ファンドは、投資活動を通じた社会課題解決への貢献を目的として、以下のステップによりファンドレベルでのIMMを実施する。
●   ToCの策定:本ファンドのToCを、SDGsへの貢献の観点も加えて策定し、定期的な更新を図る
●   社会課題の構造分析:本ファンドが取り組む社会課題の構造を分析し、取り組むべき領域を抽出する
●   投資実行・バリューアップ:社会課題の本質的解決に資するインパクトスタートアップを選定・投資実行の上、経営支援とモニタリングを実行する

(4)投資先に対するIMMプロセス
上述(2)の通り、本ファンドは、インパクトスタートアップへの投資活動、投資先企業の事業活動を通じた社会課題解決を目指し、投資先候補のソーシング、デューデリジェンスから投資期間及びエグジットまでの全投資プロセスを通じてIMMを実行する。グローバル及び国内で開発が進んでいる評価ツールや手法を活用し、インパクトの仮説構築と可視化、インパクト視点での事業検証を実施し、投資先企業の経営をサポートしていく。

(5)投資先に対するIMMプロセスの開発・改定に関する進捗
本ファンドは継続的にIMMプロセスの開発・改定を行っている。その目的は以下の通りである。
1. 投資先企業に対するインパクト投資家としての提供価値を高め、平準化することにより、投資先企業が創出するインパクトの可視化と増大に貢献し、本ファンドの投資活動によるインパクト創出に対する貢献を最大化すること
2. 日本におけるVC型インパクト投資ファンドのベンチマークとなることにより、インパクト投資のエコシステム構築に貢献すること。
これらを、ファンドレベル及び個別投資先レベルの2つのレイヤーで行っている。本年度の進捗は以下の通りである。
 
①ファンドレベルでの進捗
インパクト面での投資方針の整理
本年度は本ファンドの「インパクト面の投資方針」を以下7つに整理し、本ファンドが活用しているIMMツール・手法の1つである「インパクトの5ディメンション」フレームワークとの整合も図った。この取り組みにより、ソーシング(案件発掘)からデューデリジェンス(案件精査)、投資実行、投資先の支援に至るまでインパクト面において一貫した基準を持てることになり、ファンド活動の質の向上、平準化、効率化が図られた。

インパクト・マネジメント運用原則(OPIM)への署名
2022年12月、本ファンドの共同GPを務める新生インパクト投資およびSIIFは、インパクト投資における国際的な基準であるインパクト・マネジメント運用原則(OPIM: Operating Principles for Impact Management)に署名した。OPIMのウェブサイト上で、両組織共にその名称が署名機関リストに登録・公開されている。2023年3月現在、世界39カ国、171機関が署名(対象資産額5,084億ドル)しており 、SIIF、新生インパクト投資はそれぞれ国内で4、5番目の署名機関となった。尚、未上場企業を対象とするインパクト投資ファンドの運営者としては、国内初となる[4]。
OPIMは、世界銀行グループの一機関として、発展途上国の民間セクター開発を目的に設立された国際金融公社(IFC: International Finance Corporation)が主導し、投資ライフサイクルにおいて創出したインパクトの測定・マネジメント(IMM)のために2019年に設計された国際的な運用原則である。2022年秋には、事務局がIFCからGIINへ移管された[5]。OPIMの構成として、「戦略上の意図」、「組成とストラクチャリング」、「ポートフォリオマネジメント」、「エグジット時のインパクト」、「独立した検証」の5つの分類内に計9つの原則がある。ESG投資を含むサステナブルファイナンスの国際的基準が複数ある一方、OPIMはインパクト投資家のみを対象としており、正当性と利用性を兼ね備えたものといえる。
署名を経て、本ファンドGP両社は、2023年度にかけOPIMに準拠した年次開示報告書の作成・公開、及び海外評価機関による独立検証への準備に着手した。今後、OPIMを随時参照の上、本ファンドの運用プロセス、IMMプロセスの更なる改善に活用していく。
 
インパクト・マネジメント運用原則(概要)[6]

インパクトレポートの独立検証の実施と改善
本年度は、外部機関であるBlue Mark(以下、「BM」)に、インパクトレポートの独立検証を受けた。BMはTideline Advisors(インパクト投資に特化したコンサルティング会社)の子会社Tideline Verification Services, Inc.の通称であり、投資家や企業向けにインパクトの検証に係るサービスをグローバルに提供している組織である。検証の際の主な観点は、完全性(ファンドのポートフォリオ全体と個別投資の両レベルにおいて、インパクト戦略とインパクト創出の成果に関する報告項目が十分に網羅されているか) と信頼性(インパクト創出の成果に関するデータの品質や管理方法が信頼できるものであるか)の2つである。BMによる検証結果とそれを踏まえた推奨提案に基づき、記載項目と内容の改訂を行い本レポートの改善を図った。

②個別投資レベルでの進捗
IMM実施に関する事前合意の促進
投資先企業へのエンゲージメントと価値提供の基盤として、投資検討時点から投資後のIMMにおける支援とモニタリングの枠組みに関して投資先と協議し、合意形成と契約等での規定に務めている。本年度までに以下の領域での合意形成を促進する範囲として整理した。
 
  1.IMMに対する支援内容の定義
  2.経営陣とのIMM会議の設定
  3.投資先のミッションの定義
  4.社外取締役やオブザーバーとしての意思決定プロセスへの貢献
 
支援内容のプログラム化
インパクト創出の追求に加え、パーパス/ビジョン/ミッションと事業の整合性、パーパス等を設けた背後に認識されている社会課題の特定、ESGマテリアリティのマネジメント、SDGs等のグローバル目標との接続、そしてそれらを支える組織体制の構築を含む「サステナビリティ経営」を統合的・包括的に捉えた支援を実行することにより、IPO及びその後の持続的な事業成長とインパクト創出の実現に向けた付加価値と再現性を高めるべく、IMMを中核とした支援内容のプログラム化に引き続き取り組んだ。

一例として、新規投資先である助太刀[7]においては、本ファンド担当メンバーと当社経営陣とでパーパス/ビジョン/ミッションと事業の整合性、パーパス等を設けた背後に認識されている社会課題の特定を行い、これらを言語化。さらに、SBI新生銀行サステナブルインパクト推進部評価室と連携し、当社のESGの取り組みの現状分析、課題抽出、マテリアリティ特定の支援を実施。これらの取り組みをまとめ、当社Webサイトにてサステナビリティページを新設し、情報発信を開始した。
来年度以降も各社への支援を実施しながら、支援プログラムの開発を継続していく。

【本ファンドが提案する「サステナビリティ経営」の全体像】

インパクトレーティングの改善
昨年度、「Impact Frontiers」(Bridges FoundationsがIMPと連携して主催する財務リターン及び社会的リターンの統合評価手法の開発プロジェクト)で議論された手法を活用し、新規投資検討時に「5ディメンションズ」に沿ったインパクトのレーティングを試行した。本年度は、昨年度に引き続きレーティングを実施すると共に、その評価基準の精緻化を進め、投資先が創出するインパクトの比較可能化を目指した。課題としては、投資後のモニタリングにおけるレーティングの更新と、既存投資先に対するレーティングの実施等が挙げられ、今後、改善を図っていく。
 
なお、本ファンドが活用している主要なIMMツール・手法としては、以下3点が挙げられる。
 
1     ロジックモデル:
社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(Social Impact Management Initiative。以下、「SIMI」[8])によると、ロジックモデルとは「(プログラムのための)利用可能な資源、計画している活動、達成したいと期待する変化や成果の関わりについての考えを体系的に図式化するもの」とされている。本ファンドでは、投資先が目指すインパクトと投資先の事業活動の因果関係を体系的に把握し、インパクトの観点から意思決定とモニタリングおよび経営支援を行うため、ロジックモデルを活用している。
 
2     「インパクトの5ディメンション」フレームワーク:
事業のインパクトを多面的に把握するため、IMPが策定した事業評価の枠組み。具体的には、インパクトの「5つの次元」として、投資先の事業が①どのようなインパクトを(What)、②どの受益者に対して(Who)、③どの程度の深さ・広さ・時間的長さ(How Much)でもたらすか、④投資先はそのインパクトにどの程度貢献するか(Contribution)、⑤想定するインパクトからどう乖離するリスクがあるか(Risk)を定量的・定性的に把握する。
本ファンドでは、投資先事業のインパクトを仮説検証するため、投資先候補の絞り込みからエグジットにいたるまでの全投資プロセスで利用している。
 
3     インパクト・ESGリスク管理:
本ファンドでは、投資検討時、投資実行後にインパクト/ESGリスク管理を実施している。投資検討時においては、上述「インパクトの5ディメンション」フレームワーク⑤の通り、投資候補先企業の事業が想定するインパクトから乖離するリスクがあるか、定量・定性的に分析している。同様に、ESGリスクについてもポジティブ・ネガティブ両面で洗い出している。投資実行後は、抽出したインパクト・リスクのモニタリングを行い、リスク顕在化の兆候が見られた場合には、投資先企業と協議の上、迅速に対応策を検討・実施している。また、一部の投資先については、SBI新生銀行との連携により、ESGマテリアリティの特定支援を行っている(「支援内容のプログラム化」の項参照)。

【エール社におけるロジックモデルの事例】

【5ディメンションフレームワークの概念図】

(6) インパクト投資エコシステムの構築
本ファンドは、投資先企業の事業成長・IMM支援を含む投資活動を推進する中で、共同GPであるSBI新生銀行グループ、SIIF、及びGPアドバイザーであるみずほ銀行が密に連携し、投資先企業の従業員、顧客・取引先、外部専門家、社会起業家、行政機関、アカデミア等、多様なステークホルダーに積極的に働きかけ、情報提供・対話を行うことで、日本におけるインパクト投資の普及・促進、並びにエコシステム構築を目指す。


[1] The Global Impact Investing Network(GIIN), “Core Characteristics of Impact Investing,” https://thegiin.org/characteristics/ (2023年3月閲覧)
[2] The Global Impact Investing Network(GIIN), “Getting Started with Impact Measurement and Management(IMM),” https://thegiin.org/imm/#what-is-imm (2023年3月閲覧)
[3] GSG国内諮問委員会「インパクト投資におけるインパクト測定・マネジメント実践ガイドブック」(2021年5月): p.4-5, https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/Guidebook_for_Impact_Measurement_and_Management.pdf.
[4] Operating Principles for Impact Management(OPIM), “Signatories and Reporting,” https://www.impactprinciples.org/signatories-reporting (2023年3月閲覧)
[5] Operating Principles for Impact Management(OPIM), “The GIIN to Become the New Host of the Impact Principles Secretariat,” (October 7, 2022), https://www.impactprinciples.org/announcement/giin-become-new-host-impact-principles-secretariat (2023年3月閲覧)
[6] International Finance Corporation(IFC), 「インパクトを追求する投資:インパクト投資の運用原則 参考和訳」(2019), https://www.ifc.org/wps/wcm/connect/fe499630-792d-434f-8dd2-f5d06da4c1ed/Impact+Investing+Principles_+FINAL.pdf?MOD=AJPERES&CVID=mSUxyEd.
[7] 株式会社助太刀 コーポレートサイト サスティナビリティページ(2023年3月閲覧) https://suke-dachi.jp/company/esg/
[8] SIMIは、日本国内における社会的インパクト・マネジメントの普及・啓発を目指す取組み。ロジックモデル作成に関しても具体的なノウハウを集約し一般公開している。

はたらくFUND 2022 Impact Report (4) はこちら


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