小説 カスタードパイをもう一度 1

モノローグ
運命って信じるか?僕は少なくとも信じている。
こんな話すれば、いい年して信じているなんて…と笑ってくる人もいるが、僕はあれ以来、運命の導きを信じているんだー

第1章 少年時代
幼い頃の記憶はほとんど残っていないが、その中で唯一鮮明に覚えているのは甘いカスタードクリームの味とたなびく白いエプロン。
僕は生まれつき耳に障害があり、全くと言っていいほど何も聞こえないのだ。両親は昔からそれを悲しみ、"可哀想な子"として扱われた。"可哀想な子"とはとてもつまらないもので、チヤホヤとされるものの、それが哀れみからだと知ると、興ざめなるものがあった。
そんな僕を一人の少年として扱ってくれる人がいた。学校が終わってすぐに隣の家に行く。緑の芝生はいつも綺麗で、プラスティックの白いイスとテーブルは緑の広場にぽつんと置かれ、常緑樹がいつも見守っていた。ランドセルを木のそばに置き、リビングに繋がる窓に顔を押しつける。
気配を感じて振り向けば、白いエプロンが似合う女性が微笑みながら立っている。ぎこちなく手を動かした後、僕が聞こえないことを知りながら一言二言声をかけて家の中に入っていく。白いイスに座って木で休んでいる小鳥を見ていると、甘い香りが庭いっぱいに広がる。何か言いながらクリーム色をキラキラとさせたパイを持った、エプロンの裾をひらひらと風に揺らす女性が立っていた。
銀色に光るフォークと夜空に浮かぶ星をじっくり煮込んだような甘いカスタードパイ。女性は僕の真向かいに座り、パイをほおばる食べる僕を見る。食べながら執筆や手話で楽しくおしゃべりをする。それが僕のたった一つの癒しであり、「僕は可哀想な子」ということを否定してくれる出来事だった。

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