『本屋さんで待ち合わせ』の本の前で、本屋さんで待ち合わせをした話

何ヵ月も前の話で恐縮だが、先日、Twitterで知り合った相手と会うことになった。なかなか家庭の事情で出かけることができなかったこともあって、なんと約半年ぶりの外出だった。

そのお相手は、Twitterで知り合った読書好きで控えめな女の子だ。極度の人見知りな私にさえ優しく接してくれる、とても感じのいい子だった。「どうだ、羨ましかろう!」と、まず自慢させていただきたい。

電車に乗って、目的地のある池袋駅まで向かう。バッグには、ペットボトルのお水と本が二冊ほど。電車のなかで、さっそく読みはじめる。何かの用事や手続き以外で電車に乗るのは、いったいいつ以来だろう。正直なところ、かなり心が浮き立っていた。

手元にあるのは、以前、夢中になって読んだことのある『デルフィニア戦記』(茅田砂胡)の一巻目だ。たまにむしょうに読み返したくなるときがあり、それがまさに今だった。

たった一人の戦士が、何人もの刺客達に襲われるシーンからこの物語は始まる。それを颯爽と助けるのが、まだ年の頃十二、三歳という少年なのだ。

戦士の名前はウォル、少年の名前はリィ。この二人の出会いの幕開けから、それはもうとんでもなく面白い物語の虜になることを約束する。

また老婆心ながら、必ず第一部の四巻まで手元に揃えた状態で読みはじめることをオススメしたい。でないと、うっかり深夜にでも読み終えようものなら、「続きが読みたい!」と、翌日の書店の営業開始時間まで、身悶えするはめになるだろう。

待ち合わせの場所は、池袋の西武百貨店のなかにある三省堂書店だ。それも、 『本屋さんで待ち合わせ』(三浦しをん)を出しているだいわ文庫の棚の前だ。

『本屋さんで待ち合わせ』の前で、本屋さんで待ち合わせをする。これが、本好きの夢でなくて何なのか。

ちなみに、ネットで知り合った男女が「本屋さんで待ち合わせ」の出会う、『レインツリーの国』(有川浩/新潮文庫)という恋愛小説もめちゃくちゃ面白いので、こちらもぜひとも読んでほしい。

通いなれた池袋駅をすいすい進み、西武百貨店のなかにある三省堂書店へと向かう。待ち合わせまではまだ十分近くあったので、ついつい文芸コーナーの新刊台を眺めてしまう。

そこで、「あああっ!!!!!」と叫びそうになった。奥田亜希子さんの新刊、『愛の色いろ』が出ていたのだ。緑と黄色が絡みあうような、パッと人目を引く装丁にしばし見とれた。

奥田亜希子さんは、私にとってかけがえのない作家の一人ということもあり、「これから待ち合わせなのに、荷物を増やすわけには」と思いながらも、あきらめられず棚の前をうろうろしてしまった。

テンションが最高潮MAXになった私が待ち合わせの場所に向かうと、お目当ての相手が声をかけてくれた。もちろん私は、ささっと棚から『本屋さんで待ち合わせ』を抜き出し表紙を見せる。そう、今日はこれから書店デートなのだ。

まず最初の目的地は猫カフェでそれから甘いものを食べて、最後に書店デートという最高ねデートプランだった。猫カフェではこの上なく幸せな時間を過ごし、つづいてコメダ喫茶店で甘いものを食べながらしばらくおしゃべりを楽しんだ。

そして、いよいよ目指すは書店デートだ。

書店デートと行っても、書店のなかを順番にまわっていくだけである。だがこれがもう、「本が好き」な相手とだと、とてつもなく楽しいのだ。

まず最初は、入ってすぐのところにある、新刊や話題書のコーナーだ。一番最初にお出迎えしてくれたのは、米澤穂信の小市民シリーズの最新刊『巴里マカロンの謎』である。

11年ぶりの新刊ということもあって、「待ち望んでいた」読者も多いだろう。かくいう私も、このシリーズを読んでいる1人だ。

さらに進んでいくと、人文書や実用書などの新刊や話題書がずらっと並んでいる。新品の本がそこに並んでいるというのは、どうしてこうも心が浮き立つのだろう。

新刊書籍の紙の匂いというのは、どこかこうパリッとしていてインクの匂いがするような気がする。ページそのものも、張りや弾力があるのだ。

それに対して古書店の本は、どこか針葉樹のような匂いと静けさが横たわる。そして図書館の本は、誰かの手になじんだやわらかな手触りがして、どこかなつかしい匂いがする。

まずは文芸書の新刊コーナーからゆっくり周り、気になる本を見かけるたびに手に取っては眺めるをくり返した。

新しい本というのは、どうしてあんなにも吸引力があるのだろう。とくに装丁が凝っているものに出会うたびに、私たちは「素敵ですよね!」と興奮しながら本を手にした。

次に、作家の名前で五十音順に並ぶ、文芸書の棚の背表紙や平台をなめるように眺めていく。平台には新刊や比較的最近出たものが並び、ついそちらに目が行ってしまうが、既刊が並ぶ棚もあなどりがたい。

文庫化されているものも、きちんとハードカバーが置かれていたのには感心した。たいていは文庫化された場合、単行本の方は返品してしまうからだ。棚やスペースがあってこそできることだとは思いつつも、好感が持てた。

ちなみに文芸書の棚を見ながら「オススメ!」とあげた作品に、『ハッチとマーロウ』(青山七恵)がある。小さな双子の女の子たちを主人公にした、とてもキュートで家族を大切にしたくなる物語だ。

どうしても国内文芸の棚に並べられてしまうが、個人的には「児童書コーナーに置いてもいいのでは」と思っている。ブライトンの『おちゃめなふたご』シリーズを思い出す、子どもから大人まで、大勢の人に手にしてほしい1冊だ。

現在は小学館文庫から発売されているので、気になった方はぜひ手に取ってみてほしい。

文芸書やミステリの棚を抜けると、つづいて「待ちに待った」の本にまつわるコーナーだ。ここにはブックガイドや書評集、本屋にまつわる本などが並ぶ。

「一歩歩いては進み」どころか、「足を一歩も動かさずに棚を眺める」といったありさまだった。読んだことのある本もいくつかはあったものの、次々に読みたい本ができてしまった。本の本というのは、どうしてあんなにも魅力的なのだろう。

続いてコミックエッセイやタレント本、それからぐるっと壁面の海外文学の棚なども眺めて、いよいよ文庫の棚に突入する。

まず最初に目に飛び込んできたのが、昨年の10月に18年ぶりの新刊『白銀の墟 玄の月』が出た、十二国記のポスターだ。

二人して、「主上ーー!!!」と叫んでしまい、お店の店員さんや他のお客には、はなはだ迷惑だったかもしれないが見逃してほしい。

新潮文庫に文春文庫、角川文庫に講談社文庫、集英社文庫に小学館文庫、創元推理文庫にハヤカワ文庫。その他まわれるだけの文庫の棚を、平台や背表紙を眺めながら、ひたすら好きな本や気になる本やオススメの本について語り合った。

それから見せたい雑誌があったため、雑誌コーナーに向かう。あいにくタイトルを忘れてしまったのだが、書店の特集をしている雑誌があり、それをどうしてもその子に見せたかったのだ。

日頃は立ち読みなどはしないのだけれど、この日だけは別だった。ページをめくるたびにさまざまな書店が紹介されており、「こんなお店に行ってみたい」としばし盛り上がった。

それから、児童書コーナーへも足を伸ばした。年齢が離れていることもあって、その子が「好きだ」と教えてくれたシリーズは知らないものばかりだったけれど、その子が身ぶり手振りで語ってくれた言葉を聞くのはとても楽しいひとときだった。

誰かが「好き」なものの話を聞くのは、なんて心が浮き立つのだろう。

いよいよ、コミック売り場へと向かった。私は最近の漫画にはいささか疎いものの、仕事で問い合わせを受けることもあるので、多少は名前がわかる。新刊台から順々に眺めていき、二人とも好きな作品の前で何度も足を止めた。

Twitterで話題になっていた漫画がずいぶんとコミック化されていて驚きつつも、「読んでみたい」と思う作品にも出会えた。さらにコミック文庫などの、いわゆる名作系の辺りも眺めた。

そんなふうに次から次へとさまざまな本について楽しくおしゃべりをして、気づくと夕方になっていた。書店にいたのは、およそ2時間半から3時間近くだろうか。あっという間のひとときだった。

好きな小説にいつか読みたい本、面白かった漫画。そのとき出たばかりの新刊から棚に刺さった1冊1冊にいたるまで、ありとあらゆる本を手にしては語りつづけた。どれだけしゃべりつづけても、まるで足らなかった。

本を好きな誰かと本屋をまわるというのは、なんて楽しくて幸せなひとときなんだろう。

好きな作家の系統が似ているというのもあったが、何よりも誰かの「好き」という気持ちを大切にしてくれる相手だったからこそ、こんなにも楽しかったのだと思っている。

本を読むのも、本について語りあうのも、本のある場所にいるのも、そのすべてが好きだしいとおしいと思う。

いつかまた、外出自粛が徐々に解除になったなら、誰かとこんな時間を持ってみたい。それはきっと、かけがえのない時間になると信じている。












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