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夜、あるいは

もしあなたの感じてきた悲しみが、全て嘘に対するものであったと知ったら、あなたはどうするだろう。
私は不当に人を恨み、事実ではない現実を見て悲しんできたことが突然発覚した。
何の前触れもなく伝えられた事実が、今までの二十余年間をたったの3分でひっくり返した。
もはや何を悲しめばいいのかわからないくらい塵のような現実が転がっている。
呆然とした。
今こそ、今ならば多少の我儘が許されてもいいと思った。

世界一大好きな友達に連絡を入れた。

会いにきて欲しいって言ったら、おこられちゃうかな

怒るはずもないことは知っていて、でもハッキリと伝える気概が私にはなかった。
彼女はすぐ返信をくれて、既読を待たずに電話を鳴らし、
「わあ、出た。出ないかと思った」
と笑いながら、今から行こうか、と言ってくれた。
彼女が住んでいるのは私の地元。
電車を乗り継いで片道1時間半くらいかかる。
この時点で時刻は既に17時半過ぎ。
「すぐ行くね」
電話は5分ほどで手短に終わり、彼女はすぐに電車に飛び乗ったようだった。

最寄りの駅まで歩くと、彼女はすでに着いていて、あまりに当たり前にそこにいた。
わーと軽く抱きしめてから、歩き出して大学に向かう。
「どうしたの」と聞いてくれて、私はゆっくり話し出した。
内容は話せば15分たらずで終わった。
こんなにも短く話し終わる現実が憎い。
「私はどう悲しめばいいのかもう分からない、今までも沢山悲しんできたのに」と言うと、
「今更全部ネタバラシされても、悲しんだ分は戻ってこないよね。それはそれとして悲しんだのは事実なんだから」と彼女は言ってくれた。
大学のキャンパスの一角にあるベンチに座り、遠くで練習しているバンドを眺めながら、隣にいる存在の特別さを噛み締めた。
彼女はここよりずっと遠い大学に通っていて、本来こんなところに出現する人間ではない。
話終わって、というよりはもう彼女が隣にいてくれてることで、私は全部満たされていたし、別に悲しむ余白もなかった。
彼女も私が隣にいてくれてることが全てで、それが1番嬉しいと言っていた。
「生まれてきて良かったよ」と言うから、もう私はそれだけで良いと思った。

私がこれまでの10年の付き合いの中で、明確に「会いにきて欲しい」と言ったのはこれが初めてだった。
それぐらい最近は彼女の愛に気づけて、信頼しているからこそ言えたのだと思う。
でも同時に、もう卒業したらわがままが言えない状況になるとも思ったから、今しかないとも思った。
仕事をしていたら、こんなに簡単に自由に時間は使えない。
「わがままも、いつまでも言えるわけじゃないんだなって思った」と伝えると、「別に電話でも、仕事終わりに会うでも良くない?いくらでも何とかなるよ」と彼女は笑っていた。
「まあ肉体的な距離はできるかもしれないけど」と枕詞を置いて、その先は口には出なかったけど。
ちょっとびっくりした。
心理的な距離は変わらないと思う、と書いた私のnoteを知っているのかと勘繰ってしまった。
あるはずもない杞憂である。
ただ同じことを考えていたというだけだ。
でもそれが嬉しい。
結局2時間くらい他愛もない雑談をして、21時がすぎた頃ようやく解散する空気になった。
私は彼女の帰路を心配して1時間ほどで帰宅を促したが彼女は応じなかった。
「えー今日終電逃しても大丈夫なように考えてきたから」と。
いやいや。
私からの連絡があってすぐに家を飛び出したくせに、決める覚悟が重すぎる。
お開きになるころには夜も深く、少し肌寒くなっていた。
彼女を駅の改札まで送って別れた。
去り際に、手持ちのハンドクリームを譲ってくれた。
使いかけだけど、ごめんね、と。
ハンドクリームは沢山持っているし、実は過去に彼女から貰ったこともあるけど、そんなことは関係ない。
リラックスしてよく眠れますように、という安眠の願い?を受け取って別れた。

「私が死んだら、追いかけてこないって約束できる?」
「いやー、それは無理かな」
「だよね」
私もその約束はできない。

今度可愛い切手を買うから、お手紙で会おうね。
夜にありがとう。次は日の下で。

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