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人生の先輩への思い

このところ巷では、成田悠輔氏の高齢者に向けての発言・見解が物議を醸している。

彼は、「年齢」や「高齢者」を切り口とし、問題発言をしているようだが、彼の心の奥には、そもそも人を大切にしようとする心が著しく欠落しているからこそ、そのような発言となるのだろう。

私は、正直、成田悠輔氏などという人物、全く興味が無いし、彼が様々な主張や発言をしようとも、私は彼に軽蔑の眼差しを向けるのみだ。

しかしながら、この度、老人ホームで高齢者である入居者の皆さんとの生活などを表した、ノンフィクションのエッセイ「老人ホーム施設長奮闘記」を発行した著書としては、私なりの人生の先輩に対する思いを伝えなければと思い、筆を取った。

私自身、祖父母は、すでにこの世には無く、父母も年老いた。私を育ててくれた親には、本当に感謝してもしきれないほどの恩義を感じ、恩返しをしなければならない気持ちを胸に抱いている。

施設長であった老人ホームにおいて、人生の先輩である入居者の皆さんは、私にとって大切な自分の親だと思いながら対応させていただいた。

この老人ホームの入居者の皆さん、そして広く年齢を重ねた人生の先輩の皆さんは、生まれてこの方、一生懸命働き、家族を守り、子供を育て上げ、国家繁栄の礎を築いた。そして年を重ね、少し身体は不自由になったり、また物忘れも多くなったかも知れないが、自分らしく一生懸命、今も生きている。

私は、人として自分らしく生き抜くことこそ、人間としての尊厳そのものなのだと思う。

そして、自分の人生は、自分が決めるものだ。

だから、年を重ねたからと言って、赤の他人から生き方や人生の最終章を指図されるのは、全くおかしな話だ。

人生の先輩が、自分らしく一生懸命生きて、年老いてから「生きていることが申し訳ない」となんて思わせてしまうような国家ならば、もうその国の未来はあろうはずも無い。

私の眼が黒いうちは、人生の先輩に、このような悲しい思いは絶対にさせたくない。

今日もブログ「旗本雑記帳」をお読み頂き、ありがとうございました。また、次回もお楽しみに❗👍️


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