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ホテル屋サカキの命令違反

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命令違反を繰り返す『ホテル屋』の奇想天外な日常を描くショートストーリー。
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2022年9月の記事一覧

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「双身ワームホール」

 控え室で待っていた宇宙飛行士は、最新号の科学雑誌を上下逆さまに持っていた。 「時間です。行きましょう」  坂木道夫が出発を促すと、女性飛行士は咳払いをして立ち上がった。  開館60周年を記念する特別講演の開始を前に、会場となる博物館は静寂に包まれている。  控え室を出る二人は、ドア横に設置されたセンサーにIDをかざし、退室記録をログに残してから講堂へと歩きはじめた。  今回のイベントにおいて、坂木は講演者のアテンド係という役割を担っている。  主催の博物館が公益財団法人とい

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「裸眼」

 裸眼干渉。死者が生者を裸眼で見ると、見られたほうの生者は命を失う。  俗にいう『死者に呼ばれる』とはこの現象のことを指すのだと、そう教えてくれたのは兄だった。  生者の世界と死者の世界。二つの世界の境界が曖昧になった享霊元年以後、死者の世界における生者への裸眼干渉は固く禁じられていた。 「桃香」  兄が名前を呼び、火照った私の頬を優しく撫でる。 「夕飯なにがいい?」  奔流に晒されて末端を削られたのだろう。外で待っていた兄は、指先を第一関節まで消失していた。  私は「しらた

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「熱気球マフィア」

「とびきりのケバブを食わせてやる」  セールスマネージャーの誘いはいつも強引だった。素直に従う義理はないのだが、断ると面倒だということを知っているため、坂木道夫が首を横に振ることはない。 「明朝六時。第三ターミナル南」  行きつけの店にでも連れていかれるのかと思いきや、蓋を開けてみれば、それは海外出張だった。  寝不足による負債を仮眠でちまちまと返済しながら、機内で13時間を過ごす。  そして、いざ現地に着いてみると、ホテルの部屋は坂木の分しか予約されていなかった。 「おまえ