マガジンのカバー画像

ホテル屋サカキの命令違反

23
命令違反を繰り返す『ホテル屋』の奇想天外な日常を描くショートストーリー。
運営しているクリエイター

2022年8月の記事一覧

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「残務整理_難易度A」

 最後まで残っていたホテルの従業員を脱出させる。安全地帯から指示を出す上層部が想像するほど、それは簡単なことではない。  坂木道夫が現地に到着したとき、ホテルは原型を留めないほどに破壊しつくされていた。  抵抗する人間は一人もいない、という意味なのだろう。国旗を掲げるためのポールには、白旗の代わりにシーツが括りつけられている。  ロビーの中央。かろうじて残っているオブジェの後ろに人影を認め、坂木は「あの……」と声をかけた。  敵意がないことを主張しながら正面に回り込んだ坂木は

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「舌平目神社例大祭」

 舌平目神社の境内。日焼けした子供が鳩を追いまわしている。逃げ場を失った鳩が一斉に飛び立つと、近くにいた外国人観光客が甲高い悲鳴を上げた。編隊を組む鳩は、境内をせわしなく一周して本堂の軒先にとまる。わずかな間を置いて、鳩がとまった本堂の奥から祭囃子が聞こえてきた。年に一度の例祭。蝉の鳴き声と協演するかのごとく、太鼓と笛の音色が、厳かな空気を境内に満たしていく。そんな雅な雰囲気を台無しにするように、隣にいる老人が短く屁を放った。 「大変です、坂木さん」  顔をしかめた坂木道夫の

【ショートショート】ホテル屋サカキの命令違反「天狗小隊」

 天狗になるという言葉がある。いい気になって調子に乗るという意味だ。そこから名前を取って天狗小隊。正式名称は、私服待遇独立即応小隊だが、仲間内では、彼らは天狗小隊と呼ばれているとのことだった。  隙間時間の暇つぶしに彼らの一人と雑談していた坂木道夫は、その皮肉めいた呼称が、呼ばれる側の人物の口から発せられたことに違和感を覚えていた。 「笑ってらっしゃいますけど、そんなふうに呼ばれて悔しくないんですか」  すると、雑談相手の女性隊員は大きく首を振った。 「べつに悔しくなんかない