異邦人

朝七時半、夜勤の工場軽作業バイトを終えて電車に乗り込む。同時刻乗り込んでくる学生服達は誰も横に座らない。スーツの横には座るのに俺の横には座らない。

イヤホンさえあれば誰の話し声も気にならないのだろうけどそんなもの買う金はない。学生服の奴らはなんで持っているのだろう。もしかして学生服の奴らは儲かるのか?

中学を卒業してから学生服を着ることは無くなった。そこからは地方のスーパーの鮮魚コーナーで魚を切ったり、コンビニでレジを打ったり、倉庫内軽作業というヘルニア続出アルバイトをしていた。前かけ、コンビニの制服、ツナギ。スーツを着ることはなかった。

高校に行こうと思わなかったのは面白そうじゃなかったから。早く稼いで車を買いたかった。まさか教習所があんなに高いと思っていなかった。車も買わずになんだかんだアルバイトをしていると28歳になっていた。

ああ、イヤホンが欲しい。イヤホンがあれば見られているような気もしなくて済むはずなのに。何がそんなに変なんだ、気に食わないことがあるなら話しかければいいのに。でも誰も俺には話しかけない。でもこちらとしてもそっちの方がありがたい。話にならないから。

電車の中で騒ぐ高校生の言葉がわからない。何をいっているのかわからない。一度うるさかったので注意してみたが話すのをやめなかったことから俺の言葉もあっちはわかっていないのかもしれない。

酔っ払いのスーツたちがうるさかった時も注意した。スーツはキョトンとしていた。やはり言葉が通じていないのだと思う。喧嘩の内容も覚えているがなんの話をしていたのかはわからない。

中学を卒業してからの15年あまりのあいだにいつの間にかタイムスリップしてきた侍のように周りの話している言葉がわからなくなっていた。話が通じるのは同じくタイムスリップしてきたであろう倉庫内軽作業の奴らとパチンコ屋の店員くらいのもので、パチンコ屋の店員に関しては本当に会話しているのかわからないほどスムーズにコミュニケーションが成立するので絶対に会話が通じているとは言えないが。

初恋の相手はスーツを着ていた。若かった俺は仲良くなりたいと思いコンビニを出たところで声をかけた。無視されたことを考えると言葉が通じていなかったのだろう。あの日からスーツの人間とは話すことをやめた。

朝日を見て目の奥がズキズキするのを感しながら降りる駅のアナウンスに応じてドアに近づく。立ったまま何かを一生懸命読みふけっていた学生服の女の子が膝から崩れ落ちる。慌てて触らないように避けると女の子の頭が地面にバウンドし、気持ちのいい軽い音が鳴る。

関わらない方がいいんだ。俺のせいにされる。逃げた方がいい。もう降りる駅なのだから。弁明しようにも言葉が通じないのだから。

電車の中から悲鳴が聞こえる。悲鳴くらいはわかる。大丈夫ですか!これもわかる。慌てる電車の中から飛び出したことを後悔した。今ならスーツとも学生服とも話ができるじゃないか。言葉が通じるんだ、みんなの言っていることがわかるんだ、きっと俺の言葉もみんな聞いてくれるんだ。本当はみんなと会話できるんだ。俺だけが違う言葉を使っている訳じゃないんだ。てっきりいつの間にか違う言語をみんなが使っているんじゃないかと思った。


帰り道ホームセンターに寄ってナイフを買って帰った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?